帯には「ピンチョンとデリーロの系譜に連なる、インド系イギリス作家による、「超越文学(トランスリット)」の登場!」との文句。
ピンチョン、デリーロという名前が出ると、「この世界のすべて」をぶち込んだような小説を期待してしまうわけですが、確かにこの『民のいない神』も、カリフォルニアの砂漠にある巨大な岩石とそこに集うUFOカルトの人々、その砂漠で起きた幼児失踪事件、18世紀の宣教師の手記、リーマン・ショック、イラク戦争など、さまざまな要素を時系列を入れ替えながら投入しています。
このあたりの要素を見ると、「なるほどピンチョン的か」と思わせますが、登場人物の設定や描き方がぜんぜん違う。特に幼児失踪事件が起こる現代のパート(2008〜2009年)の部分には、インド系のシク教徒の家に生まれたジャズとユダヤ人のリサの夫婦、イギリスのロックバンドのボーカルのニッキー、イラクから逃げてきた少女のライラなどが登場するのですが、これらの人物は適度にカリカチュアライズされていて、これらの人物がうまく「文化」を背負わされています。
このあたりのカリカチュアライズのうまさはフランゼンの『フリーダム』を思い起こさせます。特にニッキーがロサンゼルスでのレコーデイングに行き詰まって逃げ出し、旅先のモーテルでジャズとその息子で自閉症のラージと出会うまで、ジャズとリサの馴れ初めを描いた部分などは、風刺も効いていますし、文化の違いがどんどんと話を転がしていく感じで読ませます。
あと、好みは分かれるかもしれませんが、ジャズが関わる金融工学とその上司の話なんかが、いかにもデリーロ的。現実をやや偏執症的に描いています。
このように現在のパートは面白いのですが、それに比べると過去のパートはやや弱い。
UFOカルトの話が中心としてあり、そのUFOカルトは実際にあった話をモデルにしているのですが、その始祖のシュミットやデイヴィスについての書き込みが物足りないですし、その教団で後に重要な役割を果たす女性のジョウニー、あるいはなぞめいた男のコヨーテ、いずれもキーパーソンとなりえるのに、時代を結びつけるような役目を果たしていないために、過去パートのつながりがいまいち弱いと思います。
ただ、現代パートを中心に物語をグイグイと引っ張る力があるのは確か。今後も作品が読んでみたい作家ですね。
民のいない神 (エクス・リブリス)
ハリ クンズル 木原 善彦