トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』読了

 国書刊行会から出ている「未来の文学シリーズ」のトマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』を読み終わる。短編集なんだけど全体的にSF色は薄くて、東欧の作家の短編(例えばムロージェックとか)を思い出すような作品も多い。風刺と奇抜なアイディアが持ち味という作品が多く、ややブラックな感じのものも多いんだけど(ブラックという点で言えば、文学の未来を予言した?「本を読んだ男」は最高です)、表題作の「アジアの岸辺」と「話にならない男」はそういった風刺とかアイディアと飛び越えた文句なしの傑作。
 「アジアの岸辺」は、イスタンブールで謎の女性と子どもにつきまとわれる男が、徐々に自分を見失っていく話で、全体の話といい、ディテールの描写といい、文学として相当高いレベルにある作品。ちなみに、個人的にこれを読んで思い出したのはチリの作家ドノーソの『三つのブルジョワの物語』所収の「朝のガスパール」。
 「話にならない男」は自由な会話をするためには免許が必要で、テストに通らないと自由な会話が楽しめないという社会を描いた作品。テストに通るため、相手から推薦をもらうため(免許を持っている人と意気投合できると、その人から推薦のシールがもらえる)に行われるぎこちない会話というのが、現実のコミュニケーションの風刺というか批評になっているような作品で、ディッシュのアイディアに脱帽するしかないという感じです。
 トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』