『アメリカン・スナイパー』

 前作の『ジャージー・ボーイズ』が良かったクリント・イーストウッドですが、今回も良かった!
 イラク戦争において4回イラクに渡り、狙撃手として160人(非公式だと255人)もの敵を殺害した「伝説」のスナイパー、クリス・カイルの自伝を映画化したもの。
 いわゆる「戦争のヒーロー」を描いたものでもあるのですが、そこはイーストウッド。「伝説」の存在となっていくとともに、徐々に「普通の人間らしさ」を失っていく様子が非常にうまく描かれています。
 戦争が兵士たちに与えるプレッシャーは、例えば同じイラク戦争を題材にした『ハート・ロッカー』でも描かれていましたが、この『アメリカン・スナイパー』のほうがはるかに洗練されていると思います。
 アメリカに帰還して家族と過ごしている時の様子、ちょっとした変化への異常な過敏さ、身体や精神を壊した兵士との関係、いずれもあざとくなく、それでいてしっかりと伝わるように描いています。


 そして、この映画を見て改めて思ったのがイラク戦争の長さ。
 主人公の最初の従軍の時に子どもが生まれて、最後に帰ってくる時は6,7歳くらいになっていました。イラク戦争は2003年の3月に始まり、5月にはブッシュ大統領が「大規模戦闘終結宣言」を出すわけですが、その後泥沼化し、オバマ大統領が「戦闘終結宣言」を出したのが2010年の8月。7年半近い戦争だったわけです。
 さらに昔の戦争とは違い、イラク戦争では兵士たちへの配慮からローテーションで部隊を帰還させていて、この映画では、それが戦争の「非日常」と普通の日常生活の境を曖昧にしています。
 しかも、作戦中に携帯電話でアメリカの奥さんと電話するシーンもあって、ますます「日常」と「非日常」の境界ははっきりしなくなっています。
 

 以前の戦争は、若者たちの「通過儀礼」的な側面があったのかもしれませんが(戦争という「非日常」を経験し「大人」になる)、この映画で描かれているイラク戦争ではそうはならないでしょうね。
 もちろん、戦争は「通過儀礼」とすませられるほど生易しいものではないわけで、イーストウッドの『父親たちの星条旗』では、その「通過儀礼」に耐え切れなかった兵士たちの姿が描かれていました。
 『父親たちの星条旗』では、硫黄島での激戦から本国での英雄扱いという激しい落差の中での兵士たちの苦悩が描かれていたのですが、この『アメリカン・スナイパー』では、戦争と日常の往復の中で、ゆっくりと主人公が蝕まれていきます。


 この主人公の苦悩を、変に主人公を貶めることなくやってみせるのがイーストウッドの腕。現在の戦争の姿を切り取った素晴らしい映画だと思います。


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