ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』読了

 ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』を読了。
 スラデックと言えば、<未来の文学>シリーズの『グラックの卵』に収録されている「マスタースンと社員たち」が最高に面白くて、そのスラデックの短編集が柳下毅一郎の編集で出るって言うんで期待していたけど、期待通りに面白い。
 帯に「SF、ミステリ、オカルト、フィクション、あらゆるジャンルとタブーを超越した真の異色作家」ってあるけど、まさにそのような内容。
 例えば、スラデックはパズル好きが高じてミステリーにも手を出し、この本にも収録されている「見えざる手によって」に見られるような手の込んだトリックを使った作品も書いているのだけど、同時に次に収録されている「密室」では、清涼院流水を上回るようなくだらない密室トリックを次々と考えだし、最後はメタミステリーになったしまうという展開。ミステリー作品として評価の高い長編もあるようですけど、こんな作品書いていたら本格的な評価はされないですよね。


 それ以外でもスラデックの才能がうかがえるのものの一つが、冒頭の「古カスタードの秘密」。パラノイアに満ちた現代を風刺した作品と言えなくもないけど、そのパラノイアの描き方が際立っている。単に日常の不安を拡大するんじゃなくて、まったく脈絡もないような世界を見せてくれるんですよね。ジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』に通じるものがあります。
 いつまでたっても終らないバスツアーを描いた作品は,解説にもある通りトマス・ディッシュの「降りる」に通じる作品。
 人目を避けながらひっそりと生きる人々を描いた「ゾイドたちの愛」は、その人々の姿と生き方がクリストファー・プリーストの『魔法』の元ネタになってんじゃないかって思うけど、どうでしょう?
 かと思うと、宇宙人たちが人間を馬にのようにしてしまってなぜか西部劇を気取る「ホワイトハット」のようなナンセンスでアホらしい作品もありで、さらに最後は「不安検出書(B式)」という謎の調査用紙。もはやスラデックが小説というジャンルさえ突き抜けてしまった事がわかります。


 というわけで非常に面白い短編集ですが,唯一不満があるとすれば収録作品が多すぎる事。確かにスラデックの短編をまとめるという機会はもうないかも知れないので、いろいろと入れたくなるのはわかりますが、74分目いっぱい収録されたベスト盤のCDを聴くようでやや長過ぎる。23篇収録されていますが18篇くらいでも良かったかも。



蒸気駆動の少年 [奇想コレクション] (奇想コレクション)
ジョン・スラデック 柳下毅一郎
4309622011

グラックの卵 (未来の文学)
ハーヴェイ ジェイコブズ Harvey Jacobs 浅倉 久志
4336047383