「リアル病」〜安克昌『心の傷を癒すということ』

 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080803/p1で紹介した斎藤環『文学の断層』にとり上げられていたのが、安克昌が『心の傷を癒すということ』で書いている「リアル病」という概念。
 安克昌は、阪神大震災直後に現地で「心のケア」にあたった精神科医中井久夫の弟子筋にあたる人物。
 本自体はずいぶん前に出たものですが、非常に重要なことが書かれていると思うのでここに書いておきます。

 地震を体験し、今なお解体の進む被災地に住んでいるうちに、私は自分の価値観や感じ方が知らず知らず変化しているのに気づいた。ここではそれを仮に「リアル病」と呼ぼう。
 地震による建物の破壊、身近にむきだしとなった生死のありさま…それらはあまりにリアルな、疑いようのない事実としてある。圧倒的な地震体験や破壊された事物を前にして、人びとは言葉を失った。さまざまな感情がわき起こっても、言葉で表現できなかった。私は、言葉にすると嘘になってしまうと感じた。言葉を失わせてしまうほどに、リアルなものは情け容赦がない。そのことを私は思い知った。(173p)

 この部分は『文学の断層』でも引用されているのですが、そのあとにも安克昌は重要なことを述べていると思う。

 だが、リアルすぎるのもどうかという気がしないでもない。リアルなものはどこかうるおいに欠けるのも確かだ。身も蓋もない感じがする。確かに瓦礫はリアルである。立派な家も地震が来ればただの瓦礫である。だからといって、人は瓦礫の中で生きるわけではない。(175p)


 あと、この本の「解説」に書かれている肝細胞がんにかかった安克昌の最後についての記述には泣けるものがある。
 本当に惜しい人を亡くしたものだと思います。


心の傷を癒すということ (角川ソフィア文庫)
安 克昌
4043634013