今年は海外小説の大作の翻訳ラッシュ。その中心はもちろん新潮の「トマス・ピンチョン全小説」なわけですが、それ以外にも白水社の<エクス・リブリス>が途切れることなく刊行されましたからね。というわけで、小説は豊作で正直追いつけないくらい。逆にその分、小説以外の本はあまり読めなかった感じです。
というわけで、小説のベスト5と思ったけど絞りきれずに8冊。小説以外で5冊あげます。
- 小説
1位 トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』
トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(上) (Thomas Pynchon Complete Collection) トマス・ピンチョン 柴田元幸 新潮社 2010-06-30 売り上げランキング : 19462 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(下) (Thomas Pynchon Complete Collection) トマス・ピンチョン 柴田元幸 新潮社 2010-06-30 売り上げランキング : 10586 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ピンチョンの作品の中では『競売ナンバー49の叫び』に匹敵する完成度を持った作品で、しかも泣ける!
時は1763年からの4年間、イギリスからアメリカに渡ったメイスンとディクスンは、独立直前のイギリスの植民地支配への反感が漲るアメリカを測量し、線引きをしながら西へ西へと進みます。ドタバタ劇の中に垣間見えるのは、アメリカの建国における「血と暴力」。
「何処までいけば終わるんです?わし等何処へいっても、世界中、暴君と奴隷と出会うのか?亜米利加だけは。、そういうものがいない筈だったんじゃありませんか」(下巻440p)
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100802/p1
2位 ウィリアム・トレヴァー『アイルランド・ストーリーズ』
アイルランド・ストーリーズ ウィリアム・トレヴァー 栩木 伸明 国書刊行会 2010-08-27 売り上げランキング : 29184 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「現在、世界最高の小説家は?」という問に対しては、それこそ百家争鳴状態で永久に決着がつかないと思いますが、「現在、世界最高の短編小説作家は?」という問には「ウィリアム・トレヴァー」という答えでいいのかもしれません。
それほどまでに深さと凄みを感じさせる短編集。
トレヴァーは人々の心が動いた瞬間に焦点を当て、その結果は特に問いません。そして、この「心が動いた瞬間」を描きかたが見事!
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100919/p1
3位 マルカム・ラウリー『火山の下』
火山の下 (EXLIBRIS CLASSICS) (エクス・リブリス・クラシックス) マルカム・ラウリー 斎藤 兆史 白水社 2010-03-26 売り上げランキング : 145946 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「20世紀文学の金字塔」が<エクス・リブリス>クラシックとして復活。そしてその煽り文句は伊達じゃなかったです。
「ヴァージニア・ウルフ+フィッツジェラルド」という感じで、それをさらに混沌にさせたのがこの小説。一人の男の破滅が圧倒的な筆致で描かれています。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100430/p1
4位 ジョルジュ・ペレック『煙滅』
煙滅 (フィクションの楽しみ) ジョルジュ ペレック Georges Perec 水声社 2010-01 売り上げランキング : 186323 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
フランス語でアルファベットの「E」をまったく使わずに書かれた小説を、日本語の「い」の段を使わないという荒業で翻訳した小説。まさに「翻訳不可能」な小説を、訳者の塩塚秀一郎はその語学力と想像力によって見事に訳した、というか語り直した!「翻訳」という分野においても、この『煙滅』の翻訳は偉業だと思います。
しかも、荒唐無稽なミステリー小説としてもけっこう面白い!一読の価値ありです。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100216/p1
5位 辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』
ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし) 辻村 深月 講談社 2009-09-15 売り上げランキング : 152050 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ミステリーというよりは女性ならではの「関係性」を描いた小説。地元の高校や短大を出て、地元の会社に昇級の無い契約社員のような形で入社し、そこで「結婚」というゴールを目指して合コンを繰り返す山梨県の女性たち。彼女たちのおかれた閉塞感と、母娘関係の閉塞感、その二つを明け透けにそして優しさをもって描いています。「優しい桐野夏生」という感じでもありますね。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100222/p1
6位 ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』
野生の探偵たち〈上〉 (エクス・リブリス) ロベルト ボラーニョ Roberto Bola〓@7ACA@no 白水社 2010-04 売り上げランキング : 308366 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
野生の探偵たち〈下〉 (エクス・リブリス) ロベルト ボラーニョ Roberto Bola〓@7ACA@no 白水社 2010-04 売り上げランキング : 339658 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
正直、上巻はつまらない。ただし退屈な青春譚だった小説は下巻に入ると異様な美しさを見せ始め、大きな読後感を残します。
トラブルに巻き込まれた3人の詩人マテーロ、ベラーノ、リマはメキシコシティ(DF)を抜け出して北部の砂漠へと向かいます。ここから小説はその形式を大きく変え、ベラーノやリマの友人、詩人、批評家、ジャーナリスト、女性ボディビルダー、オクタビオ・パスの秘書などの、実在、非実在のさまざまな人物のインタビューを再構成したものとなり、小説は彼ら二人を狂言回しにした連作短編のような趣を帯びてきます。そして、「幽霊」と化してしまったベラーノとリマの失踪の理由とは…?
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100604/p1
7位 ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』
わたしは英国王に給仕した (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集) ボフミル・フラバル 阿部 賢一 河出書房新社 2010-10-09 売り上げランキング : 10036 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
大した特徴もない俗物的な一人の男が給仕となり、さまざまな幸運に恵まれて出世して、エチオピア皇帝に給仕し(タイトルの英国王に給仕したのは主人公の師匠)、大金持ちになるというストーリー。前半はどうしようもないようなホラ話の連続で、特にエチオピア皇帝に給仕したときのエピソードは爆笑!ただ、グロテスクな笑いを突き抜けたところにあるチェコを襲った悲劇。最後はグロテスクでむき出しの悲劇が残ります。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20101205/p1
8位 東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』
クォンタム・ファミリーズ 東 浩紀 新潮社 2009-12-18 売り上げランキング : 21603 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
イーガン的な量子力学を使った多重世界を舞台に、村上春樹から赤木智弘から秋葉原事件からエロゲーからP・K・ディックから郊外論からベーシック・インカムからセカイ系と決断主義から私小説的なものまで、近年、東浩紀が言及したものがすべて詰め込まれている小説。それでいて、小説としてかなりスマートにまとまっていて、予想以上にうまいです。
多重化した世界で、「リアル」を求めて「ハードボイルド」に「決断する」のか、それとも「虚構」の中で「虚構」を受け入れて生きていくのか、このあたりは東浩紀から宇野常寛への返答とも読める感じですね。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100111/p1
これ以外だと、ピンチョンの『逆光』、舞城王太郎『イキルキス』の中の「パッキャラ魔道」、そして今読んでいる上田早夕里『華竜の宮』あたりですかね。
- 小説以外
今年はあまり読めなかったけど、政治学で面白い、面白そうな本があったと思います。もうちょっと消化したいところでしたけど。
斉藤淳『自民党長期政権の政治経済学』
自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾 斉藤 淳 勁草書房 2010-08-12 売り上げランキング : 8157 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
著者はエール大学の助教授にして、2002年には山形4区から衆院の補選に立候補して当選し、1年ほど衆議院議員も務めたという異色の人物。かなり難解なゲームの理論などを駆使しており、読みやすい本ではないかもしれませんが、相当刺激的な本。
貧しい地域は公共投資を得るために自民党に頼るしかないが、その投資は有効なものでないため経済成長は起こらない、よってますます自民党に頼るという、ある種の負のサイクルが働いていたことがこの本からは読み取れます。自民党は「貧困ビジネス」だった?
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20101006/p1
手塚洋輔『戦後行政の構造とディレンマ』
戦後行政の構造とディレンマ―予防接種行政の変遷 手塚 洋輔 藤原書店 2010-02-19 売り上げランキング : 108248 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「作為過誤」と「不作為過誤」という概念を使って、予防接種を題材に日本の官僚の「事なかれ主義」の起源を解き明かした本。国民やマスコミによって「無謬」を期待される官僚は「作為過誤」と「不作為過誤」のジレンマの中で責任回避に動かざるを得ないのです。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100606/p1
ポール・コリアー『民主主義がアフリカ経済を殺す』
民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実 ポール・コリアー 甘糟 智子 日経BP社 2010-01-14 売り上げランキング : 79244 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
これは論争の書でしょう。貧困国の現実を容赦なく暴き、そしていわゆる「知識人の良識」のようなものを踏み越えた解決策を提示しています。
貧しい国々を救う方法として、アフリカを7カ国程度に統合させるという大胆な案も登場していますし、クーデター鎮圧を餌に公正な選挙を受け入れさせるという、一種の暴力の活用法も登場します。いずれも「良識派」には受け入れがたい提案でしょうが、いずれもそれなりのデータに基づいたアイディア。賛否はともかく、一読の価値のある本です。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100218/p1
マイケル・S. ガザニガ『人間らしさとはなにか?』
人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線 マイケル・S. ガザニガ Michael S. Gazzaniga インターシフト 2010-02 売り上げランキング : 50938 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
分離脳の研究の第一人者であるマイケル・S. ガザニガが、専門脳科学だけにとどまらず、発達心理学や認知心理学、進化生物学、人工知能研究など様々な知見を元に「人間のユニークさ」を探求した本。
近親相姦のタブーの謎を始め、さまざまな人間にまつわる事象を最新の科学によって明らかにしてくれています。
紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20100911/p1
中井久夫『隣の病い』
隣の病い (ちくま学芸文庫) 中井 久夫 筑摩書房 2010-03-12 売り上げランキング : 89538 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
去年のベストにもあげた『精神科医がものを書くとき』の続編と言っていいのがこの本。
薬を恐怖して精神療法を無害だとする人がある。薬は排泄されればおしまいである。精神療法のほうがはるかに永続的な影響を残す。失恋の痛手が生涯忘れられないのと似ている。体の傷のほうはこれほど執拗ではない。精神療法の有効性を物語るのは何よりもその失敗例の無惨さである(86p)
問題が巨大であって、その中から何が出てくるかわからない時には、一般的対応能力のある人たちの集団を一気に投入して急速に飽和状態にまで持ってくることが決め手であることを私はこの災害(阪神大震災)において学んだ。(271p)
など、相変わらず箴言的な知恵の詰まった本です。