『福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2』

 東浩紀開沼博津田大介速水健朗藤村龍至、清水亮、梅沢和木、井出明らによる、タイトル通り「福島第一原発観光地化計画」についての本。一応、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』の続編となりますが、そのテイストは違っており、今までの『思想地図β』とは全く違った1冊になっています。
 前号の『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』が、かなりスタイリッシュなデザインだったのに対して、いきなり公的機関のパンフレットにありそうなイラストが載っていますし、何よりも情報の詰め込み方が半端ないです。さまざまなデータや論考、対談、インタビューなどが「雑多」といっていいほど詰め込まれていて、今までの『思想地図β』よりも読みにくく感じる人は多いでしょう。


 それはこの「福島第一原発観光地化計画」というテーマそのものがもたらしているものなのだと思います。
 この「福島第一原発観光地化計画」の核は、2036年を目指してつくられる「ふくしまゲートヴィレッジ」になります。現在のJヴィレッジの跡地に、藤村龍至の建築や梅沢和木の「ツナミの塔」で構成される「ふくしまゲートヴィレッジ」は、洗練された建築になっており、これだけに焦点を当てればもっとスタイリッシュな紙面づくりが出来たのではないのかと思います。また、タイトルも「ふくしまゲートヴィレッジ構想」のほうがいらぬ反発を受けなかったでしょう。


 ところが、この本のタイトルは「福島第一原発観光地化計画」であり、中身も「ふくしまゲートヴィレッジ構想」だけではなくもっと多岐にわたっています。
 富岡町浪江町の現在行われている旧警戒区域のツアーの紹介から、小山良太の福島の農業についての論考、2011年の福島と2013年の福島を撮った新津保建秀の写真(『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』に続いて素晴らしい!)、駒崎弘樹の「福島を災害教育の聖地に!」という呼び掛け、チェルノブイリ・レポートの補遺、東京電力の復興本社代表や原発作業員へのインタビュー、さらには堀江貴文の「福島にスペースポートを!」って記事まで、なんでもありといった感じです。
 「福島第一原発観光地化計画」というのは一種のプラットフォームのようなものであり、その器にさまざまな食材が載っているのがこの本であり、このプロジェクトなのでしょう。
 正直、「リカバリービーチドーム」やショッピングモールを提案する速水健朗と、宿泊しながら農業体験ができる農泊村を提案する開沼博との間には、その構想に大きな差があるように感じます。
 ただ、そのような「同床異夢」であったとしても、「震災と福島第一原発事故の記憶を風化させてはならない」という「同床」の部分があることが、プロジェクトが続いている理由であり、「福島第一原発観光地化計画」という一見すると突飛な思いつきがこういった形にまとまった理由なのでしょう。
 というわけで、この本はさまざまな論考の中からそれぞれが自分にフィットする部分を探しながら読んでいくといいのだと思います。


 ただ、東浩紀藤村龍至には、この「福島第一原発観光地化計画」において、「戦後復興をやり直し、丹下健三の跡を継いでみせる」という野心的な思いがあります。
 個人的にこの本で一番面白かったのは、東浩紀藤村龍至、そして丹下健三の弟子でもある八束はじめと行った鼎談です。そこで八束はじめはプロジェクトの意義は否定しないものの、「(ふくしまゲートヴィレッジが)シーガイアのようではないか?」、「丹下健三の戯画的反復ではないか?」といった疑問を示し、さらに次のように問うています。

 ふくしまゲートヴィレッジは大都市のハブではない。これだけの大規模施設をつくる背景には大量動員への意志があるわけですね。では悲劇の記憶の継承と大量動員という手法はどう折り合うのでしょうか。(123p)

 これはこのプロジェクトに対する根源的な疑問だと思います。
 「震災と福島第一原発事故の記憶を風化させてはならない」という考えに賛成する人は多数だと思いますし、それには「観光」という側面も必要なんだということについても賛成の人は多いと思います。けれども、「ふくしまゲートヴィレッジ」のような大規模な施設を作ることについては、「廃炉作業が続いている中で不謹慎だ」、「採算が合わない」といった反対の声が多くなるでしょう。もっとこじんまりとした形の「観光地化計画」を描く人も多いはずです(自分も、もし「観光地化計画のプランを出せ」と言われたら、いわき市スパリゾートハワイアンズを拠点にした原発の見学と、被災者の方をガイドに迎えた警戒区域のツアーといった程度のものを提案するでしょう)。


 この疑問に対してしばらく後で藤村龍至は次のように発言しています。

 うーん…。その問いに対しては、私は社会にとって根本的に一番必要なことが動員だと思っているから動員を設計している、そうとしか答えられないですね。(129p)

 これは東浩紀からふられた話への答えなのですが、東浩紀藤村龍至に共通する考えはこれなのだと思います。
 二人にとって「福島第一原発観光地化計画」は、福島の復興であると同時に、日本の社会を変えるプロジェクトであり、社会を変えるには「動員」が必要なのです。


 この本の中で、五十嵐太郎東日本大震災における復興計画をいろいろと紹介していますが、その中には大前研一の「フクイチ周辺最終処分場化提案」があります。これは福島第一原発の7・8号機の建設予定地を使用済み核燃料の最終処分場にしようという計画で、被災者を逆なでするような提案ですが、ある意味で合理的な提案でもあります。 
 広島は原爆から見事に「復興」しましたが、それは戦後まもなくの日本社会にエネルギーがあったからです。しかし、高度成長期の頃から「原発に頼らざるを得なかった」福島の浜通りには、単純に考えてそのようなエネルギーはありません。放っておけば過疎化はますます進み、だんだんと大前研一の提案が現実味を帯びてくるはずです。
 この「自然な」流れをひっくり返すために要請されるのが「動員」であり、その「動員」を目指す「福島第一原発観光地化計画」です。


 個人的には、この「動員」という手法に懸念もあって、この「福島第一原発観光地化計画」にも完全には乗りきれない部分があるのですが、東浩紀が「あとがき」で書くように、この本は「ここにはないもの」を目指してつくられたものであり、今までにはなかった「復興の見取り図」を描いた本だと思います。


福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2
東 浩紀 開沼 博 津田 大介 速水 健朗 藤村 龍至 清水 亮 梅沢 和木 井出 明 猪瀬 直樹 堀江 貴文 八谷 和彦 八束 はじめ 久田 将義 駒崎 弘樹 五十嵐 太郎 渡邉 英徳 石崎 芳行 上田 洋子
4907188021