今年から刊行が始まった東京創元社の<創元海外SF叢書>の第2弾。第1弾はイアン・マクドナルドの上下巻だったのでパスしましたが、今回は短篇集なので、どんなものかと読んでみました。
まず、<SF叢書>と銘打っていますが、このキジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』のSF、成分は薄いです。
科学も宇宙も超能力もまったく出てこない作品も多いですし、著者の関心も基本的には人間ドラマに向いています。
読んだ感じとしては『マジック・フォー・ビギナーズ』のケリー・リンクや『終わりの街の終わり』のケヴィン・ブッロクマイヤーとかに近いですね。現実世界にファンタジーの要素は入り込んだような作品が多いです。
特に「蜜蜂の川の流れる先で」は、現実世界に不思議な出来事を上手く重ねた作品で、老犬を連れてドライブに出たリンナという女性が国道で蜜蜂の大群で出来た川に出くわし、その行き先を追って旅をするというお話。ファンタジーでもあり、ロードムービーでもあり、なにか偉大な力に身を任せる話でもあります。
と思えば、宇宙空間の救命艇の中でコミュニケーション不能なエイリアンとファックしまくる「スパー」のようなお話もあります。
スタニスワフ・レムは地球外生命体との敵対でもなく友好でもない関係を『ソラリスの陽のもとに』で描きましたが、この「スパー」もそう。コミュニケーション不能な生命体とのコミュニケーションに無理やり引き込まれる話です。
ただ、何といってもこの本のメインは中編でヒューゴー賞・ネビュラ賞のノヴェラ部門を受賞した表題作の「霧に橋を架ける」でしょう。
濃霧に似た腐食性の気体で出来た「川」があり、そこに橋を架けるというのがこの作品のストーリーです。霧の川には謎の怪魚が生息しており、川を渡るには危険を犯して船で渡らなければなりません。
そんな川の交通を可能にするために派遣されたのが主人公のキットは、現地の人々と交流し、計画を練り、資材を調達し、そして工事を進めていきます。派手な事件が起きるわけではありませんが、巨大プロジェクトの進捗と登場人物の心の動きを丁寧に追っていて、中編ながら強い読後感を残します。大きな工事というのは長くゆっくりとした「祭り」のようなものでもあるのだな、と感じました。
それほど響かなかった作品があるのも事実なんですが、「霧に橋を架ける」をはじめとするいくつかの作品はなかなか良いと思います。
この<創元海外SF叢書>の第3弾は訳者のひとりが岸本佐知子のレイ・ヴクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』とのこと。これもちょっと気になりますね。
霧に橋を架ける (創元海外SF叢書)
キジ・ジョンスン 三角 和代
月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)
レイ・ヴクサヴィッチ 岸本 佐知子