『ムーンライト』

 今年のアカデミー賞作品賞受賞作。
 去年の『スポットライト』も比較的地味な作品でしたけど、あちらはエンターテイメントとして堅実につくってあったのに対して、こちらはアート寄り。一時期のミニシアター系の映画を思い出しますし、アカデミー賞を受賞しなければミニシアターでの公開だったのではないかと思います。


 ストーリーとしては黒人のゲイの男性を、子ども時代、青年期、大人になってからと3部仕立てで描いた作品。
 予告を見た時は「切ないゲイの恋愛映画」のようなものかと思って、『ブロークバック・マウンテン』のような話を想像していたのですが、見たあとの印象はずいぶん違います。
 この『ムーンライト』は、「ゲイの恋愛映画」というよりは「今のアメリカの黒人コミュニティを描いた映画」という印象を受けました。


 舞台はアメリカのマイアミ。主人公のシャロンは、「リトル」というあだ名を付けられ、周囲からいじめられている小柄な子どもで、彼が心を開くのはヤクの売人でシャロンに父親のように接するフアンとその恋人のテレサ、いじめられている彼にやさしい言葉を掛ける友人のケヴィンくらいです。
 シャロンの母親は黒人コミュニティお決まりのシングルマザーで、ヤクもやっており、家にシャロンの居場所はありません。
 一方で、マッチョイズムが支配するストリートにもシャロンの居場所はなく、フアンとの擬似的な家族関係くらいしかシャロンの安住できる場所はないのです。


 第2部ではシャロンのハイスクールのころが描かれます。
 自分の中の同性愛的な傾向に気づいたシャロンにとって、マッチョイズムが支配する黒人の学生仲間からはますます浮き上がるばかりです。
 そんな中でシャロンはケヴィンと不器用な同性愛的な交流を果たしますが、周囲のマッチョイズムに流されたケヴィンによってシャロンは傷つけられることになります。


 第3部は大人になってから。
 ある日シャロンのもとにケヴィンから突然電話がかかってきて二人は再会を果たします。シャロンもケヴィンもお決まりのようにムショ暮らしを経験しているわけですけど、ケヴィンはこの時点で、ある意味で成熟にたどりついています。一方、シャロンはゲイであるがゆえにわかりやすい成熟にたどりつくことができません。そこにこの映画の切なさがありましたね。


 こうしたストーリーが比較的淡々と描かれています。
 撮り方は凝ってますし、画面の色彩は非常に綺麗ですが、ミステリー、暴力、セックスといったわかりやすく観客を引きつけるものはありません。
 ただ、ところどころに今のアメリカの黒人コミュニティの問題点が鮮やかに差し込まれてきます。特にシャロンの母親を演じるナオミ・ハリスの演技は鬼気迫るものがあって、強いインパクトを残します。


 「白すぎる」と言われた去年のアカデミー賞の翌年に、ほぼ黒人しか出てこないこの映画が作品賞を受賞というのは、少し振れ過ぎではないかとも思いますが、今のアメリカを一断面を今までにはない形で切り取ってみせた映画であることは確かで、大きな余韻を残す映画だと感じました。