マンサー・オルソン『集合行為論』

 集団と集合財(公共財)の関係を論じた古典的著作。やはり読んでおくべきかと思って読んでみました。

 ただ、O・E・ウィリアムソン『市場と企業組織』を読んだときにも思いましたけど、完全に古典というわけでもない少し古めの本を読むと、文脈や著者は想定している論敵の理論といったものがわからずに、内容を掴むのがやや難しいですよね。

 というわけで、以下では「なるほど」と思った部分を簡単に紹介します。

 

 目次は以下の通り。

序 章

第1章 集団と組織の理論的考察

第2章 集団規模と集団行動

第3章 労働組合と経済的自由

第4章 国家と階級の伝統理論

第5章 伝統的な圧力団体論

第6章 「副産物」理論と「特殊利益」理論

1971年版の補遺

 

 本書が問題としている1つのポイントは、集合財の獲得を目指す集団において、小集団では構成員の共通の利益は達成されやすいが,大集団では達成されにくいというものです。小集団であれば、共通目標についての合意ができればその達成は容易なのですが、大集団においては何らかの強制などがないと、その達成は難しいのです。

 著者は国家を例にあげて次のように述べています。 

 愛国心のエネルギー、民族的イデオロギーの訴え、共通文化の絆、および法と秩序体系の不可欠性にもかかわらず、現代史におけるどの主要国家も自発的な納税あるいは分担金で自らを維持することはできなかった。(12p)

 

 なぜこのようなことが起こるのかというと、大規模組織では支え手が多いために、1人が共通目標を達成するために努力することをやめたとしても、変わらないからです。

 大規模組織において、費用を負担する人が一人いなくなっても、別の一人の費用負担者の負担を著しく増大しないであろう。だから、合理的人間は、たとえかれらが組織から離脱しても、そのことによって他者の同様の行動がひきおこされる、などと信じることはない。(11−12p)

 

 経済学ではいわゆる「フリーライダー」として問題にされており、本書でもフリーライダーという用語は登場しています。

 公共財は非排除性をもっていて、協力しなかった人の利用を防止することは難しです。例えば、公園は脱税者の利用を排除することは難しいです。そこで、何らかの工夫が必要になるわけです。

 

 以前の理論では大集団を家族のような小集団から説明しようと試みてきましたが、この小集団と大集団の間には決定的な違いがあるというのが本書の主張です。 

  小集団においては、「たとえ集合財供給の全費用を支払わなければならないとしても、供給された場合の方が、されない場合よりも改善される成員が存在する」(29p)ため、黙っていても集合財供給される場合があります。例えば、狭いオフィスで喘息持ちの人が加湿器を自腹で買って持ち込むようなケースなどを考えれば良いかもしれません。

 このような状況について著者は以下のように叙述しています。

 欲求度最大の成員、すなわち、集合財の最大量を自分で供給しようとする成員は、集合財供給の負担を不釣合なほど多く引き受ける。欲求度の低い成員は、定義によって、かれが供給する集合財の量からの便益を欲求度の高い成員よりも少なく獲得する。したがって、さらに多くの集合財を供給しようとする誘因をかれはもたない。いったん欲求度の低い成員が欲求度最大成員から、無料で、集合財のある量を獲得するや、かれは自分で購入した場合よりも多くを持つことになる。そして、かれは自らの費用で集合財を獲得する誘因をもはや有しない、共通の利益を有する小さな集団においては、したがって、欲求度の低い成員による欲求度の高い成員の「搾取」という驚くべき傾向が存在する。(30−31p)

 

  しかし、大集団ではそうもいきません。大規模な集団には自らの利益を促進することを妨げる以下のような理由があるのです。

 第一に、集団が大きくなればなるほど、集団利益に適うように行為する個人の受け取る全集団便益中の割当てはより小さくなり、集団志向行為に対する報酬は不十分になり、かくしてその集団は集合財の最適供給には至らないであろう。第二に、集団が大きくなればなるほど、当該集団のどの小さな部分単位も、ましてどの個人もそのごく小量を供給する費用の負担に見合うほどの便益を集合財の獲得から得る見込みは乏しい。というのは、各個人あるいは集団成員のどの(絶対的に)小さな部分単位にも与えられる総便益中の分け前が少なくなるからである。換言すれば、集団が大きくなればなるほど、集合財の獲得に役立つかもしれない寡占的相互作用が起こる可能性はより小さくなるのである。第三に、集団の成員数が多くなればなるほど、組織化費用は高くなり、そして、その集合財をともかくも供給する前に越えなければならない障害物はより高くなる。これらの理由のために、集団が大きくなればなるほど、いっそう集合財の最適供給は難しくなるであろう。とりわけ大きな集団は、強制あるいは別個の外部からの誘因がない場合、最低量の集合財さえ進んで供給しないであろう。(41−42p)

 こうしたことを踏まえて、第1章の最後で、著者は「ゆえに、大きな結社の存在は、小集団の存在を説明するのと同一の要因からは説明できないように思われる」と結論づけています。

 

 第2章の冒頭では小集団の有効性を会議を例にとって説明しています。参加者が多ければ多いほど、会議に対して努力する人は減っていきます。別に自分が貢献しようがしまいが結果は変わらないと予想されるからです。

 ですから、大きな組織であっても意思決定などで用いられるのは小集団です。ジョン・ジェーズムの研究によれば、「「活動する」部分集団の平均的規模は6.5人であり、一方、「活動しない」部分集団の平均規模は14人」(64p)とのことです。

 この傾向は現代の企業統治についてもうまく説明しています。株主が多い上場企業では経営陣の自律性が高く、少数の株主に支配されている企業では経営陣の従属性が高いです。株主の数が多ければその組織化は難しく、小集団である経営陣をコントロールすることは難しくなるのです。

 

 第3章で検討されているのは労働組合です。労働組合は小規模なものから始まりましたが、現在多くの労働組合は大規模な組織となっています。

 組合の要求する高賃金や労働条件の改善を集合財と考えるならば、小規模な組織のほうが成員の努力を引き出しやすく、実際そのことから労働組合はしばらくは小規模な組織にとどまっていました。

 しかし、同業他社の賃金水準を考慮しない賃上げはその企業の業績低迷に繋がりますし、小規模の組織に対してならば企業側もスト破りの要員を確保しやすいです。こうしたことによって労働組合は結合し大規模化する誘因を与えられます。

 

 こうして労働組合は大規模化し全国レベルの組織になったのですが、これを可能にしたのがユニオン・ショップやクローズド・ショップといった仕組みでした。大規模な組織は集合財を獲得するために成員の協力を得ることが難しくなりますが、それを強制的な仕組みをつくることによって防ぎ、組織の大規模化を可能にしたのです。

 また、労働組合は互助共済活動を行うことによって組合員を引きつけました。他にもレクリエーションプログラムなどが提供されましたが、小規模な集団ほどの効果は得られてはいません。

 

  本章ではアメリカの労働組合の歴史をたどっているのですが、20世紀なかばの労働組合のあり方についてのつぎのような文章があります。

 労働者の90パーセント以上が組合の会合に出席しようとせず、また組合の仕事に参加しようともしない。だが、90パーセントを越える労働者が組合所属と組合への相当額の会費の支払いを強制することに賛成投票する。(99p)

 

  組合員の多くは組合の力が自分たちの利益になっていることを意識しているわけですが、同時に他の誰かがやってくれればそれにこしたことはないと考えてもいるわけです。いわゆるフリーライダーの問題が現れていると言えるでしょう。

 そして、著者はこれを政府サービスのために増税に賛成しながら、同時に個人としてはできるだけ節税に努める市民の姿と重ね合わせています。

 

 ここから著者は「論理的に首尾一貫させるならば、「(非組合員を含む全労働者の)労働権」という根拠のみに基づいてユニオン・ショップ制に反対する人は、1890年代にクヌート・ヴィクセルによって提出された課税への「全員一致の同意」という考え方にも賛成しなければならない」(103p)と議論を進めています。

 強制を悪だと考えたヴィクセルは政府支出のほとんどすべての支出に全員一致の投票を要求しました。ずいぶんと荒唐無稽な話だと思う人が多いでしょうが、それが荒唐無稽ならばユニオン・ショップ制もごくごく当たり前に受け入れられるべき議論だとも言えるのです。

 

 第4章では、マルクスの理論などに触れて、先程の大規模組織のことを念頭に置きながら「階級を構成する個人が合理的に行為しようとすれば、階級志向的行為はむしろ営まれないであろう」(132p)と述べています。

 ブルジョアにしろプロレタリアートにしろ、もし自分たちの階級が支配的になったら、自分がそうした運動に参加したどうかにかかわらずその便益を受けられるわけで、わざわざ自らを危険に晒す必要はないのです。

 

  第5章と第6章では圧力団体を扱っていますが、やや専門的な議論を踏まえてのものが多いことと、力が尽きてきたので割愛します。

 

 それまでの先行研究を論じた部分など、現在の一般的読者からするとややわかりにくい議論もありますが、いくつか引用した部分に見られるように、組織や政治に関して重要で興味深いことを述べている本だと思います。