善教将大『大阪の選択』

 今年10月の総選挙で躍進を遂げた維新の会、特に大阪では候補者を立てた選挙区を全勝するなど圧倒的な強さを見せました。結成された当初は「稀代のポピュリスト」橋下徹の人気に引っ張られた政党という見方もあったと思いますが、橋下徹が政界を引退してもその勢力は衰えていません。

 

 しかし、その維新の会も大阪都構想をめぐる住民投票では2015年、2020年と2回続けて敗北しました。維新の人気が下り坂になっているわけではないのに、看板政策で2度にわたって躓いたのです。

 この1回目の住民投票を中心に分析したのがサントリー学芸賞も受賞した著者の前著の『維新支持の分析』でした。

 前著では維新への支持は「弱い支持」であると位置づけた上で、住民投票の否決に関して、「すなわち態度変容を生じさせやすい維新を支持していた大阪市民が、特別区設置住民投票の特異な情報環境下で、自らの批判的な志向性に基づき熟慮した結果、賛成への投票を一歩踏みとどまったのである」(215p)と結論づけています。

 

 2020年の2度目の住民投票に関しても結局は同じようなことが起こったのではないかと思っていましますが、著者は「違う」と言います。

 今回は今まで反対に回っていた公明党も賛成しており、前回よりも遥かに有利な状況でした。そして実際に事前の世論調査では賛成が大きくリードしていたのです。

 にもかかわらず、また否決された。その謎を政治学のさまざまな知見を駆使して探っていくのが本書になります。まるでミステリーを読むかのように、維新の「強さ」と「脆さ」、そして賛否がひっくり返っていく様子がわかってきます。

 

 目次は以下の通り。

序 章 2度の否決をめぐる謎の解明に向けて
 第I部 住民投票「前夜」
第1章 意外と緩い? 維新支持の特徴
第2章 なぜ大阪で維新は支持されるのか
第3章 クロス選の謎を解く
 第Ⅱ部 特別区設置住民投票
第4章 住民投票の特徴と反対多数をめぐる謎
第5章 賛成優位という虚構
第6章 拮抗する賛否,混乱する市民
第7章 毎日新聞報道で山は動かない
 第Ⅲ部 課 題
第8章 大阪における分断?
第9章 選択肢の不在

 

 本書が解き明かそうとするのは、(1)「なぜ住民投票の実施が確定した時点では賛成が圧倒的多数だったのか?」、(2)「なぜ住民投票の告示日が近づくにつれて賛否が拮抗したのか?」、(3)「なぜ最終的に賛否が逆転したのか?」という3つの問です。

 これらの問に対して印象論で応えることはできます。(1)の答えは「コロナ対策で吉村知事がテレビに露出していたから」、(2)の答えは「反対派が運動を始めて訴えが浸透したから」、(3)の答えは「反対派の運動に加えて、毎日新聞が報じた「大阪市が4分割ならコスト218億円増」という報道が最後の決め手になった」です。

 

 これらの答えはそこそこ説得力があるのでこの答えで納得する人も多いかもしれませんが、因果推論を少しかじったことのある人であれば(1)の答えにはけっこう飛躍があるということもわかると思います。

 (1)の答えが成り立つには、吉村理事の露出が事実だとして、(a)吉村知事の露出が吉村知事への好印象や評価につながる、(b)その好印象や評価が維新への支持や都構想への賛成へつながる、という2つのステップを満たす必要があります。また、吉村知事の支持率と都構想への賛否が連動している必要もあるでしょう。

 

 ところが、世論調査の推移をみると吉村知事への支持率と都構想への賛否は連動していません(98p表5−1参照)。2020年4月から9月にかけて吉村知事への支持率は読売新聞で1ポイントの下落ですが(77%→76%)、都構想への賛成は43%→48%と5ポイント上がっているのです。

 

 このようにある社会的な事象があったときに、その原因を確定させるというのは非常に難しいことで、だいたいはいくつかの要因をあげたところで終わりになります。

 しかし、本書は継続的に行われた世論調査とさまざまなサーベイ実権を駆使して、その原因について可能な限り接近しようという試みになります。

 維新の支持の実態を知ることができるのはもちろんですが、政治学者が実際にどのようにしてこの謎を解いていくのかということが本書の読みどころでしょう。

 

 まず、維新を支持する人の特徴ですが、大阪を中心とする関西圏に多いということを除けば際立った特徴はありません。例えば、特定の所得層が強く支持しているわけでもないですし、男性の方が強かった支持についても最近の調査では女性の方が強く出ていたりします(例えば、「政党支持率の「ニューノーマル」か?維新・立憲の支持率を各社世論調査から見る(米重克洋)」)

 「一言で維新支持の特徴をいえば「緩い」だ」(13p)と著者が述べるように、弱く変動しやすいのが維新への支持の特徴です。

 

 維新が支持を得た要因というと、まず橋下徹のキャラが思い浮かぶかもしれません。確かにアピール力や存在感は他の政治家にはないものでした。

 ただし、橋下徹個人への支持率は2010年頃から下がり続けており、大阪市長時代の2015年頃には50%を割り込んでいます(33p図2−1参照)。

 

 では、維新支持の源泉とは何なのか? これは維新こそが大阪府大阪市の統合調整を行うことができる存在だということにあります。

 大阪では「府市合わせ」と呼ばれる問題があります。府と市がそれぞれ「大阪」という都市圏の経営を行おうとし、結果として無駄や非効率が生まれているという認識です。

 そして、この府と市の調整ができるのが、府知事と市長のポジション、さらに府議会、市議会で第一党となっている維新というわけです。

 もちろん、東京への対抗心が維新を後押ししている要素も一応あるのですが、著者の調査ではそれよりも府市一体化への選好のほうが維新支持(特に強い支持)に影響を与えています(46p図2−3)。

 

 今回の住民投票の前哨戦となったのが2019年のクロス選です。市長選には府知事だった松井一郎が、府知事選には市長だった吉村洋文が出馬し、圧勝しました。

 しかし、府知事選はともかくとして、市長選では選挙前の調査で対抗馬の柳本顕が上回ったものもあったように、必ずしも松井の支持は盤石ではありませんでした。それでも結果として66万票あまりを獲得してゼロ打当確を決めています。

 この要員として、維新が「自共共闘」だと自民と共産の野合を批判したことが自民支持層の票割れを招いたとの説もありますが、著者は実験などを通じてこれを否定し、「国政は自民、大阪では維新」という支持層が一定程度存在し、対抗馬の柳本・小西コンビが府市一体化についての代案を出せなかったことが松井圧勝の背景にあったと分析しています。

 

 2019年のクロス選の勝利を受けて、公明党も都構想賛成へと転じます。そして、2020年11月1日に住民投票が行われることになりました。2015年の案では5つだった特別区が4つになった、設置コストが圧縮された、投票用紙に「大阪市の廃止」が明記されたといった変更点はありますが、基本的な方針は同じであり、結果として同じような票差で否決されました。

 

 さて、いよいよ住民投票をめぐる3つの謎を解いていきます。まず、1つ目は「なぜ住民投票の実施が確定した時点では賛成が圧倒的多数だったのか?」というものです。

 読売新聞が9/4〜6に行った調査では賛成49%、反対35%と14ポイント差、毎日新聞など6社が合同で行った調査でも賛成49%、反対40%と9ポイント差がついていました。

 この背景として指摘されたのが吉村人気ですが、前にも指摘したように吉村府知事の支持率と都構想への賛否は必ずしも連動していません。

 

 都構想への支持を長期的に見ると、2015年の秋、つまり都構想が否決された維新が再度の住民投票を目指してダブル選を仕掛けたタイミングでは賛成が反対を上回り、2017年や18年のタイミングでは反対が賛成を上回り、2019年のクロス選を経て再び賛成が反対を上回ります(105p図5−2参照)。

 

 このダブル選、クロス選前後での賛成への支持を著者は「過程」に対する評価だと分析しています。

 つまり、都構想自体に賛成というよりも、選挙で勝利した維新には都構想にチャレンジする資格がある、その姿勢は評価するといった支持だというのです。

 少しわかりにくいかもしれませんが、2005年の郵政解散を思い起こせば理解できるのではないでしょうか。郵政民営化自体があれほどまでの支持を得る政策だとは思えませんが、人びとは小泉首相の姿勢や覚悟に熱狂的な支持を与えたのでしょう。これと同じようなことが維新に対しても起こったと考えられます。

 ただし、郵政民営化法案は国会で審議して終わりですが、都構想には住民投票というハードルがありました。

 

 10月に入ると都構想への賛否は拮抗してきます。賛成のリードは5ポイント以内になっていくのです。2つ目の「なぜ住民投票の告示日が近づくにつれて賛否が拮抗したのか?」という問題です。

 とりあえずの答えは「反対派が運動を始めたから」ですが、JXによる世論調査の推移を見ると公示日を挟んで反対が増えているわけではありません。逆に賛成が3ポイント増えています(124p図6−3参照)。

 反対派の運動が活発になったと考えられるのに反対は特に増えていないのです。さらに著者の分析によれば反対派の活動を見たからといって反対に投票するわけではなく、むしろ賛成に投票するような傾向さえ見られます(126p図6−4参照、ただし、影響は無視できるほど小さい)。

 

 著者は有権者大阪市の廃止のデメリットを理解したのではなく、メリットを理解できなかったのだと分析しています。維新によって府市一体化は実現されており、大阪市を廃止して得られるメリットは実感しにくかったのです。

 本書では都構想の知識を問う質問の結果についても分析されていますが、目につくのは「わからない(DK」率の高さです。賛成派と反対派の主張が入り乱れる中で有権者が問題についてわからなくなってしまったこと、これが賛否の拮抗につながったと著者はみています。

 

 そして、3つ目の「なぜ最終的に賛否が逆転したのか?」です。JXの調査によれば10/30、31の調査で反対が賛成を上回りました(141p図7−1参照)。

 この理由としてあげられるのが、10/26の毎日新聞による「大阪市4分割ならコスト218億円増」という報道です。維新の関係者はこれを躍起になって否定しましたし、松井市長は財政局長に記者会見を開かせてこの試算を撤回させました。

 これが効いたというのが「通説」ですが、デメリットよりもメリットが見えないことが賛否拮抗の理由だとみる著者は、このデメリットによる効果に疑問を持ちます。

 そして、報道自体よりもその後の松井市長の対応が問題ではないかと推測します。

 

 しかし、これを証明するのは至難の業です。大規模なパネル調査でもやっていない限り、迷っていた人が直前でどんな理由で反対票を投じたのかということは普通はわかりません。

 これを著者はさまざまな刺激を駆使したサーベイ実験で突破しようとします。本書の肝でもあるので、ここは是非本書を読んで確かめてほしいのですが、著者の見立ては松井市長の一種の「自滅」ということになります。

 

 こうして維新の2度目の挑戦は終わったわけですが、維新の勢いは衰えてはいません。また、著者は住民投票が終わったあとで維新への強い支持が増えたことにも注意を向けています。

 まだ「分断」というような強いものではありませんが、住民投票を通じて維新支持者の維新支持態度が強くなったことで分極化がやや進みました。全体的には穏健な人が多いですが、維新に対して「強い支持」の人と「強い不支持」の人は「市民は騙されている」などと感じており(180p図8−5参照)、今後の動きが注目されます。

 

 そして、維新の強さは維新に対する選択肢の不在の裏返しでもあります。特に大阪自民に対する不信は強く、住民投票に反対票を投じた人びとの間からも強く信頼されていないような状況です(201p図9−6参照)。

 大阪において自民は府と市、さらに国会議員の間でバラバラであり、この背景には政党が機能しにくい現在の地方選挙制度があります。最後の著者はこの制度的要因を指摘しています。

 

 このように本書は維新という現象の理解に役立つ本であると同時に、政治学者がさまざまなツールを用いて謎を解いていくミステリー的な面白さが本書にはあります。

 コンパクトなサイズの200ページちょっとの本ですし、見慣れないグラフにあふれたノンフィクションのような感じでも読めるのではないでしょうか?

 

 ちなみに、本書のもう1つの大きな謎である、序章で街頭演説を行っていた松井一郎政治学者のような質問を投げかけた人物の正体に関しては、あとがきできちんと示唆されています。

 

 

 

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