同じこと考えてる人がいた(著作権がそんなに大事か)。

 白田秀彰のHP(http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/indexj.htm)大幅にリニューアルされていて、ちょこちょこと見てたんだけど、そうしたら僕が考えているのと全く同じこと考えている部分があった。
 http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/similarity.htm
 の「著作家における類似性」っていう小論の次の部分

 ある18世紀のヨーロッパの音楽家兼数学者が、曲に使用される音のすべての組み合わせを計算し、12音階を前提とする限りメロディーの多様性に限界があることを示し、これを悲観して自殺した、というような話を読んだことがある。現在のコンピュータ技術を持ってすれば、すべてのメロディーの組あわせを機械的に生成させて、将来登場する可能性のあるすべての曲の著作権をあらかじめ取得することが可能になっている。これは定型詩である俳句でも同様である。日本語の50音すべてから17文字選んで作り出せるあらゆる文字列を生成しておけば、あなたはこれから100年近く俳句というジャンルを独占することができる。

 この考えはボルヘスの「バベルの図書館」読んだ時からずっと頭の中にある考えで、著作権の強化をさけぶ企業とか官僚とかに対して、「可能な文字列の俳句をすべて発表し、俳句というジャンル自体を不可能にして年寄り連中の楽しみを奪う」ということを考えていた時期もあったけど、同じようなこと考えてる人もいるんですね(もっとも白田秀彰は単なる可能性を指摘しているだけですが)。