神田橋條治『発想の航跡』読了

 神田橋條治『発想の航跡』を読了。500ページ超で8000円(税抜き)もする大著だけど、読む価値あり。この日記でも、id:morningrain:20060219とかid:morningrain:20060205とかでも引用したけど、神田橋條治の鋭い洞察と面接や診断における名人芸の一端をしることができる。理論的な向きを期待すると、短いエッセイなような論文が多くちょっと物足りなさもあるかもしれませんが、「第4部 心を閉ざすことへの注目」の「「自閉」の利用」を中心とした論文は非常に読み応えがある。
 理論以外で鋭い洞察をいくつかあげると

 最近治療している境界例の患者さんが、すこし良くなりそうな希望がみえてきたとき、「良くなりそうだと感じたら、もう良くならないのだから諦めようと自分で自分に言い聞かせ続けてきたこれまでの10年間の自分が、可哀相でつらくて、いっそ治らないほうがいいんだと思ったりするんです。先生に会わなかったらわたくしは自分の力ではあのままで良くならなかった、と判るので悔しいんです」と語った。「治してくださってありがとう」と言えるほど、ことは単純でないのである。人の心の世界は、切なく哀しい。(458〜459p)

 ともあれ、この「正常な葛藤」の維持と、それを介して自然治癒がすすんでゆく過程に同行しているさいの治療者は、自分自身を知的であるよりも情緒的であるようにしむけておくのがよい。いいかえると、なんとなく素人っぽくあるほうがよい。(502p)

 ただ、高い本なんで神田橋條治の本を最初に読むなら『追補 精神科診断面接のコツ』あたりかな。

発想の航跡―神田橋條治著作集
神田橋 條治
4753388131