「なぜキレる?大人たちの実態は」

 今日のクローズアップ現代は「なぜキレる?大人たちの実態は」という内容。
 最近は30代から50代のキレる大人が増えており、注意されてキレるのではなく、逆に注意された側が無視されてキレるケースが多いということが紹介されてた。他にもキレることとうつの関係なんかが紹介されてましたが、最初の逆ギレのケースを考えると、ポイントは「無視すること・されること」なんじゃいでしょうか?

 他にも番組では救急で20分ほど待たされた患者が医者にキレた例なんかが紹介されてましたが、これも「ケガ人なのに無視された!」って思いがキレる背景にあるんでしょう。
 電車の中での携帯電話なんて無視してスルーすればいいもののような気もしますが、キレる人にはまず無視することができない(ただ、これは必ずしも悪いわけじゃなく、て言い方変えれば「正義感が強い」とも言えますね)→しかし注意した相手に無視されてキレる、というような感じなんでしょう。
 
 いじめなんかでも一番応えるのは無視(シカト)だって言いますし、誰しも無視されるのは嫌なものでしょう。
 けれども、電車の中に乗り合わせる人は家族でも友人でもなく、まったくの他人なわけです。つまりゴフマン流に言えば「儀礼的無関心」が求められる場所なんです。そこで「叱る・叱られる」という一種のコミュニケーションを求めるのがキレる人の過剰な期待なような気がします。
 番組で取り上げられたケースでは、電車の中で携帯でしゃべっていた若い女性をおじさんが注意して、女性は通話は止めたみたいだけどその後の態度におやじがキレる、というものでした。ここでも通話を止めさせるという目的は達成されているわけですからそこで満足すべきで、さらに反省や謝罪を求めるのは少し行き過ぎなんでしょう。

 これほど「コミュニケーション」全盛の時代で、「無視されることに慣れること」とか「コミュニケーションを期待しない態度」とかを育てるってのも難しい気がしますが、キレない人を育てるためにはそういうことも必要なのかもしれません。


晩ご飯は牛肉とキャベツとピーマンのオイスターソース炒め