斎藤環『キャラクター精神分析』

 アニメやマンガなどの主に架空世界の登場人物を指す言葉として普及した「キャラクター」という言葉は、いまや「キャラ」という省略形で「キャラがかぶった」、「キャラが分からない」など一般の人間関係の中にも使われる言葉となりました。
 そして、精神医学の臨床の現場では、解離性同一性障害(DID)が増えています。このDIDにおける交代人格というのは、まるでマンガやアニメのキャラのように深みがなく表面的で類型的なものです。そんな、「キャラ」の反乱を分析し、「キャラクターとは何か?」という問題に斎藤環が迫ったのがこの本。
 「キャラクター」という言葉を最初に定義するのではなく。さまざまな事象の中にその定義を探っていこうという構成なので、必ずしも論旨が明確な本ではありませんが、なかなか考えさせどころの多い本になっています。


 斎藤環はこの本の中で、それこそDIDから清涼院流水西尾維新村上隆初音ミクせんとくんAKB48といったさまざまな現象に触れ、その「キャラクター」との関わり合いを分析していくわけですが、そのなかでもわかりやすい基調となっているのが、西洋の「キャラクター」と日本の「キャラ」の相違点。
 ディズニーのミッキーマウスに代表されるような欧米の「キャラクター」は基本的には人間の「隠喩」で、あるタイプの人間を動物の姿として表したものになっています。
 一方、サンリオのキティちゃんなどに代表される日本の「キャラ」は、イメージの「換喩」によって作られていることが多く、それはあくまでも擬人化された動物にとどまっています。
 そして、そこから生まれる「可愛さ」を斎藤環は次のように述べています。

 可愛いものは、僕たちとの共感やコミュニケーションには失敗していることが多い。赤ん坊の可愛さには、多少は生理的な基盤があるとしても、しかし最大の要因は「赤ん坊がしゃべれない」という点にこそあるのではないだろうか。
 換喩的であるがゆえにサンリオキャラは、「欠如」を持たない。充実しているがゆえに、コミュニケーションが成立しがたいということ。それはもはや、「人格の象徴」などではなく、「人格によく似た形象」という充実した実態として認識されることになる。(82p)


 もちろん、日本でも「キャラクター」的側面が全くないわけではなく、いわゆる「やおい」が「キャラのキャラクター化」がなされているといった興味深い指摘もされています。
 やおい系の2時創作のネタになるのは、『銀魂』や『ヘタリア』など「キャラ」を全面に出した作品が多く、それを「キャラクター化」することでその所有が行われているというのです。(171p)


 ただ、人間やその隠喩である「キャラクター」にあくまでも単一的な主体を想定する欧米と、複数的な「キャラ」文化の日本では大きな文化的な違いがあり、日本における「キャラ」をめぐる病理を斎藤環は次のように述べています。

 日本人は、主体をキャラとしてイメージすることによって、あらかじめ主体について複数化したり、あるいは実体的な集合体という前提をイメージとして共有することができる。トータルな人格であることよりも、自分が場のコンテクストの中で、相対的にどのようなキャラとして振る舞いうるか、そちらのほうを重視するのだ。それゆえ「キャラがかぶる」とこや「イケてないキャラ」としてみなされることを恐れることになる。
 それならキャラを取り替えればいい、となるが、まさにこうしたキャラの互換性という発想自体が、キャラの換喩的性格に依存しているのだ。主体が単一で自立したものであるがゆえに、ペルソナは取り替えがきく。しかしキャラは、単一の主体の所有物ではなく、対人関係の文脈においてその都度生成させられるものであるがゆえに、コントロールがきかない。「このキャラじゃまずい」「変なキャラと思われる」と焦れば焦るほど、どんどん「イケてないキャラ」にはまりこんでいく。こうした「キャラを媒介にした間主観性」こそが、対人恐怖やひきこもり問題の根源にある。(231ー232p)

 
 このあと斎藤環は、キャラクターの定義として「「同一性を伝達するもの」である」(234p)というものをだしてきます。
 この詳しい説明に関しては、本を読んでいただきたいのですが、なかなか説得的であるもののやや広すぎる気もしますし、「キャラクター」と「キャラ」の違いをここで無視していいのかという疑問も残ります。
 ただ、ここで紹介した以外にもマンガ論や西尾維新論として面白いところがありますし、東浩紀への批判的応答として鋭い指摘も多いです。
 斎藤環の本としては、ややクリアーではないけどアイディアが詰まっている本ということで、『戦闘美少女の精神分析』に近い本と言えるかもしれません。
 

キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人(双書Zero)
斎藤 環
4480842950


戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)
斎藤 環
4480422161