裁判員制度で、けっこう揉めそうな「殺意」という考え

 いよいよ来年から裁判員制度が始まるということで、高校生に授業で裁判員制度のDVDを見せたりすることがあります。
 僕が一番よく見せるのは裁判所がつくった「評議」というDVDです。
 内容は以下のリンクで知ることができますし、ネットでも視聴できるようです。
 http://www.saibanin.courts.go.jp/news/video2.html


 このDVDをよく見せるのは、裁判員の個人的事情とかに時間を割かないで評議そのものを集中的に見せてくれるのと事件そのものが面白いからです。
 上記のページで書かれている「あらすじ」は以下の通り。

 被告人(金剛地武志)と朝倉(伊藤高史)とは学生時代からの親友。ところが,朝倉が被告人の婚約者(大河内奈々子)と関係を持ったことを知った被告人は,ナイフで朝倉にけがを負わせてしまう。この事件で被告人は殺人未遂罪で起訴された。

 裁判を担当することになったのは,町工場経営者(小林稔侍),サラリーマン(中村俊介)ら6名の裁判員と3名の裁判官(榎木孝明ら)。食い違う言い分と絡み合った人間関係に困惑する裁判員たち。しかし,評議を重ねていくうちに次第に真実のベールが剥がされていく。

 このように事件は三角関係のもつれから友人を刺してしまったという事件で、伊藤高史演じるいかにもエリートサラリーマンの憎たらしい感じとか、大河内奈々子のはっきりしなくて腹立たしい感じなどもあって楽しめるのですが、基本的には被告人の殺意の有る無しを争う事件となっています。
 被害者と婚約者が関係を持っていることを知った被告人は、被害者に「悔しかったら力づくで取り戻してみろ」といわれて逆上。婚約者のあとを追った被害者を果物ナイフを持って追いかけ止めようとするが、逆に殴られる。このときナイフが被害者の肘にあたり被害者は出血するが被害者はそのまま被告人から離れる。直後、立ち上がった被告人が被害者を刺してしまうという設定で、検察側は殺意を持って刺したので殺人未遂、弁護側は被害者が立ち止まったためたまたまナイフが刺さったもので殺意はなく、傷害罪という主張をしています。
 DVDでは、「婚約者を奪われ殴られたら、いつもは温厚な被告人であってもカッとなって相手が死んでしまってもかまわないと思うのではないか」ということで殺意を認定し、殺人未遂罪が成立すると結論づけます。
 

 ところが、生徒にこの直前まで見せて「殺意があると思うか?」と訊くと、多くの生徒は「殺意はない」って答えるんですよね。15人くらいのクラスで見せたときは「殺意あり」は2、3人で、他は全員「殺意なし」でした。
 これはDVDをちゃんと見ていなかったからとかではなくて、おそらく生徒が考える「殺意」と裁判で認定される「殺意」というものが違うからですよね。
 つまり、実際の裁判では「死んでしまうかもしれない」という思いが被告人に少しでもあれば殺意が認定されます。ところが、生徒が考える殺意というのは、文字通り「殺す意思」なのです。
 この事件でも被告人に明確な「殺す意思」があったか?というと疑問が残ります。一瞬、「コノヤロー」と思って刺した感じで、「殺す意思」というのとは少し違います。
 生徒は、そのあたりを素直に考えて「殺意なし」としているのでしょう。
 最近のニュースで裁判の難しい用語、「正当防衛」や「共同正犯」といった言葉を簡単に言い換えよう、みたいな記事がありましたが、意外に揉めるのは、この「殺意」というように誰もが知っている言葉だけど、法曹関係者と一般人では意味の捉え方が微妙に違う言葉なのではないでしょうか?


 ちなみに、あと生徒が気にするというか重要視するのは被害者側の落ち度ですね。
 被害者に落ち度があれば(DVDの事件だと婚約者に手を出したとか)被告人の刑を軽くしてもかまわないというふうになりがちですし、逆に落ち度があれば重い刑を望みがちです。
 もちろん、これは実際の裁判でもあることですけど、おそらく一般の人の方が法曹関係者よりもかなり重く見ることになりそうな気がします。