ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』読了

 帯に「本書をお読みにならない方にも、「少年と犬」、この一編はどうしても読んでいただきたいのです」とあって、セールストークとしてはどうなんだ?って思ったけど、読めば納得。
 少年と飼い犬の別れというありがちなテーマを扱ったものですが、「口をきく犬」の語りから始まるこの短編は、描写、構成とも素晴らしいですし、「泣ける短編」として文学史上でも屈指のものではないでしょうか?
 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20071022/p1で「私家版・世界十大小説 短編編」というのを選んだことがありますが、今なら、この「少年と犬」を入れますね。

 
 ここで紹介するのも3冊目になりますが、ダニロ・キシュはユーゴスラビアの作家で、『砂時計』でも描かれたいたようにユダヤ人である父親を強制収容所で失った経験のある人物。
 この『若き日の哀しみ』は、彼の少年時代を描いた連作短編集。みずみずしい少年時代が叙情豊かに描かれる一方で、戦争や強制収容所が作品全体に暗い影を落としています。
 特に父親について語るキシュの筆致に関しては、強制収容所で消されてしまった人生を何としてでも小説の中に書き留めようという執念を感じさせるもので、サーカス団が去ったあとの野原に現われた父の姿を描いた「野原、秋」、父の消息を兵士に尋ねる「遠くから来た男」、そして父がいなくなったあとの家族を描いた「ビロードのアルバムから」、いずれも素晴らしいものがあります。
 

 この本自体は絶版となっていますが、来年にはこの本と『砂時計』とともに家族三部作をなす『庭、灰』が河出書房新社の「世界文学全集」から登場予定。楽しみです。


4488016073若き日の哀しみ (海外文学セレクション)
Danilo Kis 山崎 佳代子
東京創元社 1995-07

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