ダニロ・キシュ『庭、灰』(庭、灰/見えない都市 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2) )

 『砂時計』、『若き日の哀しみ』と並ぶユーゴスラビアの作家ダニロ・キシュの「家族三部作」の第一作が本邦初訳で池澤夏樹編集の世界文学全集に登場。
 この池澤夏樹の世界文学全集、そんなに素晴らしいセレクションだとも思わないんだけど、このキシュの『庭、灰』を選んだことは高く評価したい。
 何といっても、20世紀における究極の小説とも言える『砂時計』と、泣きの短編として今まで読んだ中でもベスト級の「犬と少年」を含む『若き日の哀しみ』に並ぶ、キシュの「家族三部作」の一つですから。
 

 発表の順番は本作『庭、灰』→『若き日の哀しみ』→『砂時計』の順。
 作者の少年時代の思い出と、アウシュビッツに消えた父をめぐる話が語られているんだけど、この『庭、灰』から、キシュの少年時代の叙情的な部分を蒸留したのが『若き日の哀しみ』、そして残った父をめぐる謎を芸術的に組み上げてみせたのが『砂時計』ということになるでしょうか。
 

 というわけで、完成度はこの『庭、灰』が一番低いです。
 究極の小説とも言うべき『砂時計』を読んだあとだと、やや物足りなく感じるかもしれません。
 それでも、少年の成長を描く繊細な手つき、第2次大戦前の中欧におけるユダヤ人をめぐる不穏な空気、ロマンチストでもあり敗北者でもある父の姿など描くキシュの文章はさすがです。また、父が消えたあとの語りというのも『砂時計』にはないもので、ある種の幻想性を帯びた世界を出現させています。
 時間がなければいきなり『砂時計』を読むことをお薦めしますが、もし余裕があればこの『庭、灰』から『若き日の哀しみ』、『砂時計』と読み進めれば、キシュの描く世界がより深く理解出来るでしょうし、作家としてのキシュの技術も堪能出来ると思います。


 ちなみに松籟社の<東欧の想像力>シリーズのファンの人、この本の103ページに「エステルハージ家」についての記述があります。さらに、池澤夏樹編集のこの世界文学全集の第3期で『あまりにも騒がしい孤独』のB・フラバルの『私は英国王に給仕した』が出るそうです!


庭、灰/見えない都市 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2)
米川良夫
4309709583


砂時計 (東欧の想像力 1)
奥 彩子
4879842486


若き日の哀しみ (海外文学セレクション)
Danilo Kis
4488016073


『砂時計』の紹介記事
http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080629/p1

『若き日の哀しみ』の紹介記事
http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20081126/p1