ナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペイン』

 ヒューゴー賞ネビュラ賞スタージョン記念賞、アシモフ誌読者賞といった数々の章に輝くナンシー・クレスの中短編集。バイオ系のSFが多く、イーガンなんかが好きな人には気に入る作品が多いと思います。
 特に最後に置かれた中編「ダンシング・オン・エア」は傑作!


 バレエとナノテクによる人体改造をテーマにした作品なんだけど、SFであり、ミステリーであり、何よりもバレエという芸術の一種のいびつな面、非人間的な面、そして素晴らしさをえぐり出し、それをSFに結びつけている。
 近未来、ナノテクによって改造され、人間では不可能なような技ができるようになったバレエダンサーたち。一方で、ニューヨーク・シティ・バレエ団のプリヴィテーラはそのような「強化された」ダンサーを拒み、本当のバレエを見せようとする。そんな中、バレエダンサーが連続して殺される事件が起こり、人間の言葉を話す強化犬エンジェルは、ニューヨーク・シティ・バレエ団のプリマ、キャロラインの警護にあたる。
 ミステリーとしては最後のまとまりがやや悪いような気もしますけど、芸術の”業”とSFを絡めた設定、展開は素晴らしいです。


 表題作の「ベガーズ・イン・スペイン」は、遺伝子操作によって眠る必要がなくなった「無眠人」をめぐる話。
 眠る必要のない無眠人たちは、眠らずにすむ時間を活かして学問などさまざまな分野で圧倒的な成績をおさめていきます。しかし、それは一般人の憎しみを生んで…。
 これもSF的設定が、「差別」や「偏見」、そして「同情」といったものを見事にあぶり出している作品。ラストのまとめ方がやや弱い面もありますが、これも非常に面白いです。


 上記の2作以外だと、「密告者」も面白いです。地球以外の惑星に住むワールド人とうのが主人公で、彼らは「共有現実」という世界に生きています。そして何か犯罪を起こすと「非現実者」として「共有現実」から締め出されます。彼らは肉体的には生きているものの、あたかも世界の秩序からつまはじきにされたように扱われるのです。
 妹を殺して「非現実者」となった主人公が、「共有現実」に復帰するために密告者になるというのがこの小説のストーリー。
 最後で明かされる秘密に関してはやや弱いと思うのですが、世界観は面白い。

 
 全体的にラストがやや弱い点があるのですが、設定や世界観などはどれも面白いアイディアに満ちあふれている中短編集です。


ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)
Nancy Kress 金子 司
4150117047