マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』

 サンデルと言うと、かなり昔に『自由主義と正義の限界』を読んだことがあるけど、まああんまり印象に残らなくてその名前だけを覚えてた。ところが、NHKの「ハーバード白熱授業」が話題を読んでこの本もベストセラー。僕が先月買ったやつでもう24刷ですからね。
 実際、あの番組の特に前半はかなり面白かったと思います。


 で、本のほうはどうかというと、TVと内容は同じ。出されている例もほぼ被っていますし、TVの学生とのやりとりがないバージョンがこの本と言っていいでしょう。
 ですから、サンデルの主張を知りたい人にとってはこちらの本のほうがいいでしょう。学生とのやりとりという寄り道がない分、すばやく理解できると思います。また、TVではやや中だるみ的な部分でもあったカントの道徳哲学を説明した部分もこちらの本のほうがわかりやすいかもしれません。
 本を読むと、ロールズの元ネタとしてカントを位置づけ重要視していることがよりクリアーにわかります。


 ただ、個人的には全体を通してだとTVのほうが面白いと感じました。
 これはアメリカと日本のドキュメンタリーの違いでもあるのですが、日本人がTV番組では無難な意見を言いたがるのに対して、アメリカ人はけっこう極端で論争的な意見を主張したがるんですよね。
 それは「ハーバード白熱授業」も同じで、学生たちの極端な意見とサンデルのやりとりというのが見所の一つでした。特にリバタリアニズムに関しては支持する学生も多く、リバタリアニズムに否定的なサンデルとの間で有意義なやりとりがあったと思います。
 その点、本だとどうしてもサンデルの主張にそって議論が流れるので、思想同士の対立による緊張感みたいなものはでてこないですよね。


 最後にサンデル自身の主張に関して言うと、確かに彼のリバタリアニズムリベラリズムに対する批判は鋭く的確だけど、だからといって彼のコミュタリアニズムあるいはアリストテレス主義が正しいとは思えない。
 アリストテレスが言うように「最もよい笛を受け取るべきなのは最も笛をよくふける人であるべき」だけど、それを決めるのは笛吹きの同好の士、あるいは笛吹きたちの集団であって、それは政治的な事柄、公共の事柄ではないんじゃないかな?
 もちろん戦争における名誉の問題など公共の事柄として扱わなければならない問題もあるけど、必ずしも名誉の配分が政治を通して行わなければならないとは思えないんですよね。


これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
マイケル・サンデル Michael J. Sandel 鬼澤 忍
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