上田早夕里『華竜の宮』

 今年は去年なくなった伊藤計劃氏の『虐殺器官』が文庫化され、そのスケールの大きさや世界観が話題になりましたが、それに負けていない、というかエンターテイメント性なんかを考慮すれば『虐殺器官』を上回っているんじゃないかと思ったのがこの『華竜の宮』。
 一部で絶賛されていたので読んでみましたが、エンターテイメントSFとしては非の打ち所が無いですね。


 物語は2017年、地震の頻発する東京で始まります。
 ホットプルームの活性化による海底隆起で250メートルもの海面上昇が起こる可能性がある、という専門家の予測が示され、話は小松左京の『日本沈没』のような展開を示すのかと思われますが、この破局は開始20ページちょいで起こり、世界は大混乱、海の広さが白亜紀の頃の広さまでになったことから、この破局は「リ・クリテイシャス」と名付けられます。
 そして25世紀。未曾有の危機と混乱を乗り越えた人類は、残された土地と海上都市で高度な情報社会を維持する陸上民と、海で「魚舟」と呼ばれる生物船を駆り生活する海上民に分かれて暮らしています。
 そう、ここからが物語のスタートなのです。


 陸の国家連合と海上社会との確執が次第に深まる中、日本政府の外交官・青澄誠司は、アジア海域での政府と海上民との対立を解消すべく、海上民の女性のオサ・ツキソメと接触し、融和の道を探るが、ツキソメにはその出生、そして彼女そのものに秘密があり、国家連合のネジェスからも狙われるようになる。
 一方、中国を中心とする汎アジア連合では、海上民たちを掃討するための作戦が密かに進められ、青澄はその対処にも忙殺されるようになる…。


 というように、非常にスケールが大きく、かつさまざまな要素を含んだ話ではあるのですが、とにかくまずその世界観が素晴らしい!
 25世紀の世界をある程度科学的に説明しつつ、同時に海上民の唄によって動く「魚舟」と呼ばれる特殊な海洋生物を登場させ、両者をうまくミックスしている。SFとファンタジーの両方の要素を含んでいるのですが、その矛盾してしまいそうな要素を見事にまとめあげています。
 また、語り手が主人公を補佐するアシスタント知性にしている点も面白く、なおかつ複雑な世界観を説明する道具立てとしても効果的です。
 やや主人公がカッコ良すぎるのではないか?という事は感じましたが、それだからこそ複雑な話を追えるということもあるでしょう。


 ストーリー的にも政治的な駆け引きなどを上手く絡めて読者の興味を引っ張りますし、なおかつ最後のアクションシーンの描き方なんかもうまい。 
 もし英語で書かれていたら間違いなくハリウッドが映画化権の獲得に動き出しそうですし、誰かこれを英訳してジェームズ・キャメロンに読ませて欲しい!と思います。きっと『アバター』以上の作品ができるはず。


華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
上田 早夕里 山本ゆり繪
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