スタニスワフ・レム『主の変容病院・挑発』

 国書刊行会から出ていた「スタニスワフ・レムコレクション」がついに完結!
 2004年にスタートしてから13年かかるという、国書刊行会ならではのスケジュールですね。


 コレクションのラストを飾るのはレムのデビュー作『主の変容病院』と、二篇の架空書評を載せた『挑発』、さらに「創造的絶滅原理 燔祭(ホロコースト)としての世界」と「二一世紀の兵器システム、あるいは逆さまの進化」からなる『二一世紀叢書』の三冊を合わせたものになります。
 分量的には『主の変容病院』が270ページと全体の6割以上を占めていて、『挑発』と『二一世紀叢書』はそれぞれ70ページほどです。


 『主の変容病院』はSFではなくナチスドイツの占領下にあったポーランドの精神病院を舞台にした小説。
 主人公のステファンは父のかわりに親戚の葬儀に参加します。葬儀というわけで当然雰囲気は暗いわけですが、占領下ということもあってますますその雰囲気は暗いものがあります。その帰りに友人に誘われて田舎にある精神病院に勤務することになるのですが、そこは占領下とはいえ隔絶された閉鎖空間で、そこでステファンはセクウォフスキという文学者と知的な対話を繰り広げたり、人体実験さながらの手術に付き合わされたりします。
 途中までは主人公が奇妙な世界に迷い込んだ小説という感じなのですが、中盤以降はところどころに占領下の影が落ちてきて、最後は破局へと向かいます。
 やや変化球かもしれませんが「ホロコースト小説」と言っていいのかもしれません。


 『挑発』はレムのお得意ともいうべき架空の本に対する書評。「ホルスト・アスペルニクス『ジェノサイド』」は、レムなりのホロコースト論といえるのかもしれません。
 

 そして、個人的に面白かったのが『二一世紀叢書』の「二一世紀の兵器システム、あるいは逆さまの進化」。
 21世紀の軍事史を「知ってしまった」という語り手が、21世紀における兵器の進化を語った文章なのですが、これがなかなかアクチュアル。AIがもてはやされる昨今ですが、この本では平気に必要なのは人工知能(AI)ではなく、昆虫の動きをシミュレートできるような「人工本能」だといいます。
 例えば、ハチはかなり高度な行動、あるいは仲間との協力行動を本能によって行っていますが、未来の兵器に必要なのはこうした本能だけで十分だといいます。そして、兵器は昆虫のように小型化し、何が天災で何が敵国の昆虫型兵器による攻撃なのかがわからなくなるのが未来の姿だといいます。
 今は囲碁や将棋、そして会話などを行うAIが研究されており、そうした高度な知能が人間社会を変えるように思われていますが、実際に世界を変えるのはもう少し「低知能」のAIなのかもしれません。
 やはりレムの想像力や思考の射程はすごいなと思わせてくれる文章でした。


主の変容病院・挑発 (スタニスワフ・レムコレクション)
スタニスワフ レム Stanislaw Lem
4336045046