『ツリー・オブ・ライフ』

 14日はTOHOのサービスデーということで1000円、しかもネットで席を買えば100引きで900円。そのせいか、この『ツリー・オブ・ライフ』もほぼ満席。だけど、帰るときには皆口々に「何だったんだ?」との声。まあ、そうなりますよね。


 もともと監督のテレンス・マリックは、非常に哲学的なテーマを美しい映像と人間のコミュニケーションを脇に排したような独特のシナリオで見せる人ですが、今作『ツリー・オブ・ライフ』では前半はほぼストーリーがない状態。圧倒的に美しい映像はあるものの、ある家族の次男が死ぬというスタートから、いつのまにか宇宙の誕生から生命の歴史を辿り直すという展開は普通ではありえないですよね。
 一応、Yahooに載っているあらすじだと

1950年代、オブライエン夫妻は3人の息子にも恵まれ、テキサスの小さな町で満ち足りた生活を送っていた。一家の大黒柱の父親(ブラッド・ピット)は西部男らしく子どもたちに厳しく接し、逆に母親(ジェシカ・チャステイン)がすべての愛情を彼らに注ぎ込んでいた。一見幸福そうに見える家族の中で、長男ジャックは孤独を感じ……。

 となっていて、家族のドラマが描かれているようになっていて、確かに後半はこのあらすじに沿ってはいます。
 ただし、その家族ドラマが宇宙誕生から現在に至るまでの歴史の中に埋め込まれているのがこの映画の特徴というか異常な所。ストーリーとしては「宇宙誕生からおやじになったショーン・ペン演じるジャックが会社のビルを出るまでの物語」としても記述可能なわけです。


 なんでこんなふうになっているかというと、このテーマがキリスト教的な「神」についてのものだから。
 冒頭、母親のナレーションによって「世俗に生きるか?恩寵のもとに生きるか?」かという問いが出されます。世俗に生きるのは他人を支配し自らの利益にしようとする道、恩寵に生きるのは蔑まれても全てを受け入れる道です。
 この映画の家族において、父親が前者の生き方を、母親は後者の生き方をしています。
 父親は若い頃は音楽家を目指したが挫折し、事業でも成功できず、自らは敬虔なキリスト教徒でありながら報われないと感じている人物です。
 ブラッド・ピット演じる父親は長男のジャックに対して、「成功のためには意思を強く持ち、時には悪人になることも必要だ」と述べます。彼はあくまでも世俗での成功を目指す人間なのです。
 そんな父親に反発するジャック。母親のような穏やかな生活もできず、弟を痛い目に合わせてみたり悪さをしてみたり、反抗期を迎えたジャックの様子が、大人になったジャックの中にある記憶を再現するように語られます。


 この部分だけをとりだしてコンパクトにまとめれば、おそらくこの映画は万人に開かれた「いい映画」になったでしょう。
 ところが、映画の冒頭で恩寵の道に生きる母親の性質を最もよく受け継いだ次男が死に、その死に母親は「どうして我が子が死ななければならなかったのか?」と神に問いかけます。
 世俗の道に生きようとした父親は失敗しましたが、同時に映画の冒頭では恩寵の道に生きたはずの母親もまた報われなかったことが示されるのです。
 

 実はこの映画のテーマは最初に示されていて、映画の冒頭では「わたしが大地を据えたとき/お前はどこにいたのか。」という、旧約聖書ヨブ記の言葉が掲げられています。
 ヨブ記は「神の創造の計画は人間の理解を超えている」ということを示している部分ともされ、映画の中の母親は神の許可を受けたサタンによって財産を奪われ重い病気にもされたヨブに重なるものと言えるでしょう。
 つまり、テレンス・マリックはこの映画において、ある家族の一つ話をヨブ記に重ね、ヨブ記のテーマをひとつの映像にしたのです。
 神の想像において、人間は決して主役ではなく、神の創り上げたこの自然の奇跡の一つにすぎない。
 宇宙、あるいは生命誕生以来、この世界は奇跡に満ちており(それは前半の美しい映像で示される)、その奇跡に気づき(ブラッド・ピット演じる父親も最後に気づく)、それを善悪を超えたレベルで受け入れることが重要なのだ、というのがこの映画の言いたいことなのでしょう。


 ただ、この映画には大きな不満が一つある。
 それは宇宙や生命の誕生シーンにおいてCGを使ってしまっている点。まさかテレンス・マリックの映画で恐竜のCGを見るとは思いませんでした。
 ここでCGを使ってしまっては、それは「奇跡」ではなくなってしまうんじゃないでしょうか?直接的な宇宙誕生のシーンなんていらないから、それを思わせる自然の画を使うべきだったし、この映画には必要だったのだと思います。


 テレンス・マリックの映画を見たことない人にはまったくオススメできない映画なので、もしそうなら『天国の日々』、『シン・レッド・ライン』と見てから挑戦するといいでしょう。
 あと、この映画のブラッド・ピットは上手いけどかっこよくはないです。


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