フェルナンド・バジェホ『崖っぷち』

 「東欧の想像力」シリーズでお馴染みの松籟社から、新しく「想像するラテンアメリカ」シリーズがスタート。1冊目はコロンビアの作家であり映画監督でもあるフェルナンド・バジェホの『崖っぷち』です。
 映画監督の経歴もある作者の小説ということで映像的な表現を期待してしまうかもしれませんが、ページを埋め尽くすのはコロンビアとローマ法王と母親に対する罵倒の数々。
 小説はエイズで死にかけている弟のダリーオを見舞うために主人公のフェルナンドがコロンビアに戻ってきたことから始まりますが、特に大きなドラマがあるわけではなく延々と罵倒が続きます。
 それは例えばこんな感じ。

 とにかく神は存在しない。今のローマ教皇は豚、コロンビアとは屠殺場のことで、おれは愚かな地球にまたがって暗闇で回転している。(中略)不潔な豚の兄弟たちよ、バチカンの害獣と比較してすまないが、地球があんまり速くおれを回転させるから頭がすっからかんになってしまった。地球という売女は五十億年間、真っ暗闇のなか回転してきたが、コロンビアよりひどい怪物を生んだことがない。(132p)

 「いくらなんでもひどい言葉を書き連ねればいいわけじゃないだろ」とも思いますが、コロンビアの現状を少しでも知っている人なら、このコロンビアに対する罵倒も少しは理解できるのではないでしょうか?
 麻薬戦争、誘拐ビジネス、コロンビア革命軍FARC)との内戦などコロンビアは山ほどの問題を抱えていますし、矢崎総業現地法人の副社長が誘拐され殺害された「コロンビア邦人副社長誘拐事件」とか、94年のアメリカW杯でオウンゴールをしたせいで帰国後射殺されたアンドレス・エスコバル選手の悲劇などもありました。


 そんなコロンビアには世界的な作家がいます。
 そう、ガブリエル・ガルシア=マルケスです。バジェホと同じく映画監督の経験もある人物で、言うまでもなく世界的ベストセラー『百年の孤独』の作者です。
 彼はラテンアメリカの問題を取り上げつつも、同時にその豊穣さや、あるいは母や女性の強さといったものを描いたわけですが、おそらくバジェホにはそのエキゾチックとも言えるラテンアメリカ像が許せなかったのでしょう。コロンビアはマコンドなどではなく、たんなる「クソ」だというがこの本のメッセージのような気がします。


 ただ、罵倒芸という点に関して言えば、トーマス・ベルンハルトの『消去』のほうが量的にもすごいし、笑える。
 ベルンハルトにあった「自意識に捕われた滑稽すれすれの深刻さ、あるいは深刻さをはみ出してしまった滑稽さ」というものはないので、罵倒が罵倒として終わってしまっている感はあります。


崖っぷち (創造するラテンアメリカ)
フェルナンド・バジェホ 久野量一
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