『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

 副題の通り、インド人の少年が乗っていた舟が沈没したことによってベンガルトラとともに漂流するという話。3Dバージョンもありますが、3Dは疲れるので2Dで見て来ました。
 正直、監督が『ブロークバック・マウンテン』や『ラスト、コーション』のアン・リーでなければたぶん見なかったです。動物との交流ものというのはあまり期待させるネタではないですし、「さすがにトラと海を227日も漂流するなんてリアリティないだろ?」という感じがしてました。
 ですから、見る前は「なんでアン・リーがこれを取ろうと思ったのか?」ということをずっと考えていました。
 ところが、見て納得。いや納得以上にこの物語の持つ力に唸らされました。
 

 冒頭の動物園のシーンからアン・リーならではの美しい画面が広がって期待をもたせますが、前半はまあよくとれている映画といった感じ。
 主人公のパイはインドの元フランス領ポンディシェリに暮らす少年で、父は動物園を経営し、母や兄と恵まれた生活を送っています。そんな中パイという変わった名前の由来や、動物園にいるチャーリー・パーカーというこれまた変わった名前のベンガルトラとパイとの出会いや、ヒンドゥー教にもキリスト教にもイスラム教にも興味を示すパイの少年時代の様子が描かれていきます。
 しかし、父親は動物園の経営から身を引き、一家でカナダに移住することになります。動物たちを売って移住の資金を得ようとした父親は家族とともに動物たちを載せた貨物船に乗り込みますが、船は途中で大嵐にあい、パイは救命ボートに投げ出されます。さらにそのボートには船の沈没とともに動物たちも乗り込んできます。足の折れたシマウマとオラウータン、ハイエナ、そしてベンガルトラチャーリー・パーカーです。
 

 肉食動物と草食動物が狭いボートで一緒になれば無事では済まないわけで、ボートの中は一種のサバイバル状態となっていきます。その中でも一番強いのは当然トラで、パイといえどもいつ襲われるかわかりません。
 ボートの中にはビスケットなどの食料はあったもののトラが食べそうなものはゼロ。パイは自分が食べられないようにトラのために魚を捕まえ、なんとかしてトラを手懐けようとします。
 この敵に取り入らなければならない関係というのは『ラスト、コーション』と同じで、その打算的な関係がほんとうの関係に深まっていくというのも『ラスト、コーション』と同じです。
 光る海や鯨のシーンなどサバイバルものにしては幻想的過ぎるシーンもあって、「3Dバージョンもあるからこういうシーンつくったんだろうけど、ちょっとリアリティがなくなるよな」などと思いもしましたが、「アン・リーは極限状態での「人間とトラ」という不可能なはずの関係(映画の最初のほうで父親がパイに「トラは動物で虎の瞳に映っているのはお前の心だ」というようなセリフを言いますが、実際、言葉を持たないトラと関係をもつことは基本的に不可能)を描こうとしたのか」と、この映画をアン・リーが撮った意味について納得しました。


 ところが、甘かったですね。
 最後になってこの物語のもう一つの意味が語られ、この映画がたんなる「サバイバルもの」ではないことが語れらます(見ていると意味が明かされる前から少し「おや?」と思いますが)。
 そこにあるのは物語が生み出される力であり、人びとが物語を必要とする意味です。
 もちろん信仰の話でもあるのですが、信仰の話を抜きにしても十分に人の心を動かす力を持った話です。
 まだ公開したばかりなのでこれ以上のことは言いませんが、アン・リーが好きであろうとなかろうとこれはいい映画だと思います。


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