00年代の映画 〜ブッシュ再選の時代の映画〜 

 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20091205/p1では00年代の洋楽を振り返りましたが、ここでは映画を。
 まあ、そこでも書いたことだけど00年代の最大の出来事はある意味でブッシュの再選。
 もちろん、9.11テロの存在は圧倒的なんだけど、そのテロへの人びとのパニック的な反応が、イラク戦争とブッシュ再選をもたらしたとううことが、テロ以上の意味を持っていると思う。
 テロへの恐怖と復讐心で凝り固まった人びとは、マイケル・ウィンターボトムが『グアンタナモ、僕達が見た真実』で描いたようなひどい拷問や殺人も許してしまう。そんな人間の「弱い」部分、文化の無力な部分があらわになったのが00年代ではないでしょうか。


 そんな00年代を代表する映画監督をあげるとしたら、それは何といってもクリント・イーストウッド
 イーストウッドの映画の画面のつくりの素晴らしさとかについてが今さら言うことはありませんが、ここではイーストウッドの「家族」についてのスタンスを少し見ておきたいと思います。
 まずは、彼の00年代の傑作群の口火を切ったとも言える『ミスティック・リバー』。

ミスティック・リバー [DVD]ミスティック・リバー [DVD]
ブライアン・ヘルゲランド

ワーナー・ホーム・ビデオ 2009-09-09
売り上げランキング : 17110

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 子ども時代のトラウマとその後の3人の男の生き様を描いたこの映画はギリシア悲劇的なドラマを描いた傑作だと思うのですが、特に印象的なのがラストシーン。誤って友人を殺したショーン・ペンは妻に「あなたは王なのよ」と言われ、父としての自らのアイデンティティーを確認するかのようにパレードを見物します。
 このシーンについてジジェクは次のように述べています。

作品の教訓は<家族の絆はどんな傷も癒す>、家族とはもっとも恐ろしいトラウマさえも乗り越えることを可能にする安全な避難場所である…というものではなく、正反対である。家族とは、我々が行った、考えられる限りのおぞましい犯罪さえもごまかしてしまうような怪物的イデオロギー組織なのだ。

 僕もイーストウッドの映画には、この「家族を怪物的なイデオロギー組織」として見る視点があり、00年代の彼の映画には濃厚にそれが反映されていると思います。
 「家族を守るため」にアフガンを爆撃し、イラクに戦争を仕掛け、グアンタナモでは拷問をする。そんなアメリカ人のあり方を批評的に描いたのが00年代のイーストウッドの映画ではないでしょうか。


 そう考えると、今年公開の『チェンジリング』もまた「家族の怖さ」を描いたように思えて来る。
 ストーリー展開といい、死刑執行のシーンといい、とにかく「怖い」この映画ですが、僕には最後の「希望を見つけた」というセリフこそが、「家族」の持つ怪物的な力を感じさせる怖い言葉でした。

チェンジリング [DVD]チェンジリング [DVD]

ジェネオン・ユニバーサル 2009-07-17
売り上げランキング : 9801
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 ブッシュ再選をもたらしたアメリカの雰囲気を僕は直接は知らないですが、それを象徴するのがマイケル・ムーアの『ボウリング・フォー・コロンバイン』と『華氏911』の違い。
 『ボウリング・フォー・コロンバイン』は「疑問形の異議申し立て」という語り口を確立したユーモアあふれるドキュメンタリーの傑作でした。

ボウリング・フォー・コロンバイン [DVD]ボウリング・フォー・コロンバイン [DVD]

ジェネオン エンタテインメント 2003-08-27
売り上げランキング : 9245
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 ところが、ブッシュ再選を阻止するためにつくられた『華氏911』ではユーモアは後退し、「正義の告発」口調の映画になってしまっている。ユーモアが通用しなくなったアメリカ社会へのマイケル・ムーアの「焦り」のみが目立つばかりです。


 一方、そんなアメリカ人の葛藤をよそに活躍したのがイギリス人の監督たち。
 「イギリスもイラク戦争に参戦したじゃんか!」というのはありますけど、イギリス人の監督のほうがアメリカの状況をより批判的に眺めることが出来た気がしますね。
 まずは2000年の『グラディエーター』でアカデミー作品賞を獲り、その後もコンスタントに作品を発表し続けたリドリー・スコットの『ブラックホーク・ダウン』。
 まあ、この映画は悪趣味な映画でもあって、「アメリカ兵がゾンビみたいなソマリア人を撃ち殺しまくる」という映画としてもとられちゃうんですけど、注目したいのはラストの「俺たちは仲間のために戦っているんだ」というセリフ。これは明らかにオリバー・ストーンの『プラトーン』のラストのセリフ「戦場ではいつも自分自身と戦っているんだ」と対応していると思います。
 戦場でも自分のアイデンティティを探し続けたベトナムから、「仲間のため」にひたすら戦う00年代(ソマリア介入は1992年の出来事ですけど)へ。時代の変化がしっかりとわかる作品です。

ブラックホーク・ダウン スペシャル・エクステンデッド・カット(完全版) [DVD]ブラックホーク・ダウン スペシャル・エクステンデッド・カット(完全版) [DVD]

ポニーキャニオン 2006-12-22
売り上げランキング : 4217
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 また、同じくイギリス人監督のサム・メンデスの『ジャーヘッド』もこの時代の戦争を描くことの難しさ意識しつつ、見事に批判的に描いてみせた作品。
 主人公が海兵隊の訓練施設で兵士として徹底的に訓練されて湾岸戦争に行くという映画なのですが、「空っぽの頭(=ジャーヘッド)」の海兵隊の兵士たちが『地獄の黙示録』のワルキューレ騎行の鳴り響くあの名シーンを大興奮しながら見るシーンは00年代の映画史に残る名シーン。
 優れたカルチャーも、もはや「動物」の「エサ」であるという過酷な現実が突きつけられます。

ジャーヘッド プレミアム・エディション [DVD]ジャーヘッド プレミアム・エディション [DVD]
ウォルター・マーチ

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン 2006-07-28
売り上げランキング : 43359
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 同じくイギリス出身の監督して活躍したのがポール・グリーングラス
 『ボーン・スプレマシー』、『ボーン・アイデンティティ』でハリウッドのアクション映画に新風を吹き込んだ彼ですが、9.11テロを題材にした『ユナイテッド93』も見事だった。
 どうしても「『家族を守るため』、『市民を守るため』にテロに立ち向かった人びとの感動巨編!」的なものに回収されてしまうような話を緊迫したドキュメンテリー風に仕上げた腕はさすが。特に9.11テロ当時の実際の管制官を使った航空管制のシーンは普通の映画にはない緊迫感がありました。

ユナイテッド93 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]ユナイテッド93 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]

UPJ/ジェネオン エンタテインメント 2009-07-08
売り上げランキング : 63779

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 あと、ブッシュ再選とか9.11テロの文脈からは外れますけど、もうひとつ忘れてはならないイギリス人監督の作品がスティーヴン・ダルドリーの『めぐりあう時間たち』。
 三者三様の愛と幻想の形を描いたこの作品は演出、脚本、役者とすべてが素晴らしい作品でした。

めぐりあう時間たち [DVD]めぐりあう時間たち [DVD]
マイケル・カニンガム

アスミック 2005-11-25
売り上げランキング : 24339
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 イギリスよりもさらに突き放した視点でアメリカを批判したがデンマーク人の監督であるラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』。
 ヒロインのニコール・キッドマンは、キリスト的な受難に耐えながら、最後の最後でキリストではなくなります。ドストエフスキーの大審問官を思わせるラストシーンで、キリスト的な一方的な受難を捨て、世界の改良・浄化をはかるのです。このニコール・キッドマンが国家としてのアメリカを表しているとも言ってもいいでしょう。さらに最後に悪意が向けられるのは、そのラストシーンにカタルシスを感じてしまう観客です。口では「戦争反対」を唱えながら、戦争の映像を「消費」してしまう、これまた「ふつうの人たち」。
 ある意味でラース・フォン・トリアーの悪意がつまったような作品です。

ドッグヴィル プレミアム・エディション [DVD]ドッグヴィル プレミアム・エディション [DVD]

ジェネオン エンタテインメント 2004-07-23
売り上げランキング : 30900
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 あと00年代のアメリカ映画の傑作として外せないのがアン・リーの『ブロークバック・マウンテン』。
 「映画というのはこういうものだ」と言えるほど完璧なカットの連続でしたが、これがアカデミー賞を獲れなかったことは、アメリカの保守性と同時に9.11以後の反動の反動、つまりハリウッドらしい「リベラルさ」を取り戻そうという動きがあったからだと思います。人種問題を非常に上手く無難にまとめあげた『クラッシュ』に賞を与えることで、バランスをとった感じでしょう。そして、これは「オバマ・ブーム」にもつながっていったんだと思います。

ブロークバック・マウンテン [DVD]ブロークバック・マウンテン [DVD]

ジェネオン エンタテインメント 2009-07-08
売り上げランキング : 2438
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 冷戦が終わり、イデオロギー大義がなくなった世界で説得力を持つのは9.11テロ後の反応にも見られるように、「復讐」といった個人的な感情です。
 それをグロテスクなまでに、そして最後は悲劇のレベルまで突き抜けて描いてみせたのが韓国のパク・チャヌク監督の『オールドボーイ』。
 その映像表現も鮮烈でしたが、ストーリー展開はさらに鮮烈。イーストウッドとはまた別の形でギリシア悲劇的世界を描くことに成功しています。

オールド・ボーイ プレミアム・エディション [DVD]オールド・ボーイ プレミアム・エディション [DVD]
パク・チャヌク

ショウゲート 2005-04-02
売り上げランキング : 29582
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 邦画ではまず一番手に評価したいのは周防正行の『それでもボクはやってない』。
 映画が社会を変えたという、ここ最近の日本映画ではなかったような偉業を成し遂げた映画と言えるでしょう。今年の4月に出された最高裁の痴漢事件の無罪判決はこの映画なしには考えられないのではないでしょうか。
 上映が終ったあともDVDとして流通する映画というメディアはテレビよりも圧倒的に賞味期限が長く、そこに映画の可能性の一つがあるのかもしれません。
 また、徹底的に細部とリアリティにこだわった周防監督の演出も見事でした。

それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD]それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD]

東宝 2007-08-10
売り上げランキング : 7380
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 邦画でもう一本あげるとしたら是枝裕和の『誰も知らない』。
 日本のサブカルでは「疑似家族」みたいなものが一種のブームみたいな感じでしたが、これも悲惨の事件をもとにしながら、家族の崩壊から疑似家族の誕生を描いてる感がある。是枝裕和は必ずしも好きな監督ではないんだけど、やはりこれは傑作だと思う。

誰も知らない [DVD]誰も知らない [DVD]

バンダイビジュアル 2005-03-11
売り上げランキング : 16186
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 というわけで12本あげましたが、これが00年代のベストってわけではないです。クリント・イーストウッドなら『ミリオンダラー・ベイビー』が一番の完成度のような気がしますし、邦画なら90年代総決算みたいな映画でしたが『リリィ・シュシュのすべて』も捨て難い。
 とういうわけでランキングはもし気が向いたら追加します。