ロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』

 俺たちは十人だった。居間の真ん中でお互いの頭にピストルを突きつけていた二人はもう死んだことにするなら、八人だ。その十人のうち、これってマジな話かよって自問していたのは、俺だけじゃないはずだ。もちろん、俺たちは飲んでいたし、リックの両親の家の中は、カナディアン・ウィスキーを一瓶近く空けたあとにすべてを満たす摩訶不思議な白い光を帯びていた。それだけじゃなくて、神が死んだってことが公式にアナウンスされたあとのことだったし、CAPAはまだ設立されていなかった。酔っぱらっていようといまいと、すべてが相当おかしくて、非現実的に思えた。(53p)

 このタランティーノ的なシチュエーションから始まるのは、<エクス・リブリス>シリーズの最新刊で、1975年生まれのアメリカ人作家ロン・カリー・ジュニアの手による連作短篇集『神は死んだ』に収められた三編目の短編「小春日和」。
 自暴自棄になった若者たちが繰り広げるロシアンルーレット的なゲームは、タランティーノなどの影響を受けたブラックな笑いに満ちていて、いかにも「今の時代」を象徴するような作風です。
 他にも「救済のヘルメットと精霊の剣」で描かれる「ポストモダン人類学軍」と「進化心理学軍」の戦いと、両軍のスポークスマンから発せられる声明も非常にブラックですし、神なき世界に現れた児童崇拝を予防する多面のCAPA(児童崇拝予防局、先ほど引用した文章の中のCAPAとはこれのこと)に所属する医師を描いた「偽りの偶像」や、神の肉を食べて知性が高度に発達した犬へのインタビューが綴られる「神を食べた犬へのインタビュー」などは、設定そのものがブラックなもので、そういったある種の「ブラックさ」がこの短篇集の一つの魅力となっています。


 けれども、それとともに非常に真面目な面もあるのがこの小説の特徴。
 冒頭にある「神は死んだ」は、スーダンダルフール地方に「神」が現れ、そこにきていたブッシュ政権国務長官コリン・パウエルと遭遇します。パウエルと彼を取り巻く状況にはブッシュ政権への風刺が効いていますが、基本的にこの話はドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』の「大審問官」の現代バージョンですよね。
 ドストエフスキーの「大審問官」では、神はその場を立ち去りますが、この「神は死んだ」では文字通りに死にます。そして、ドストエフスキーの有名な言葉に「神がいなければ、すべてが許される」というものがあるように、「すべてが許される」ような世界が始まるのです。

 
 というわけで、設定こそぶっ飛んでいるように見えるけど、この小説は実は王道的とも言える小説なんだと思います。
 この短篇集の一貫したテーマは「信じるものがなき時代で人はいかに生きるか?」ということであり、これは現代社会で広く共有されている問題です。その問題をこの小説では「神の死」を一つの実際にあった事件として設定することによって、グロテスクなまでに推し広げていきます。そして、たんにグロテスクなだけではなくブラックな笑いとともにそれぞれのストーリーを展開させているところが非常に上手いですね。
 

神は死んだ (エクス・リブリス)
ロン カリー ジュニア 藤井 光
4560090270