マヌエル・ゴンザレス『ミニチュアの妻』

 メキシコからの移民3世にあたる1974年生まれのアメリカ人作家による短篇集。
 冒頭の「操縦士、副操縦士、作家」は、ダラス上空で、語り手である作家の乗る航空機がハイジャックされ、どうなるかと思いきや、飛行機はダラス上空をひたすら旋回し続け、そのまま20年が過ぎる、という話。
 このあらすじを読めばわかるように、突飛な設定を得意とする作家で、他にもゾンビの話があったり、狼男の話があったり、アフリカが沈没する話があったりと、奇妙な設定に満ち溢れています。
 

 ただ、奇抜な設定が何の戯画になっていたりするわけではなく、奇妙なままに話が展開していくのがこの作家の一番の特徴かもしれません。こういった感覚はケリー・リンクに近いとも言えるでしょう。
 例えば、表題作の「ミニチュアの妻」は、小型化の研究をしている主人公がある日誤って妻を小型化してしまうという話で、妻のためにドールハウスをつくったりするあたりまではありがちな設定だと思います。
 けれども、ここからの展開が予想外。結末についてはぜひ本書を読んで欲しいのですが、こういう展開の仕方はなかなか考えつかないような気がします。


 他にも、アフリカ沈没をあつかった「さらば、アフリカよ」。小松左京の『日本沈没』を思わせるアイディアで(この話ではアフリカの前に日本はすでに沈没している)、どんなドラマが待っているのかと思いますが、物語が始まった時点で、アフリカはすでに沈没しており、舞台はそれを追悼するための博物館の開館記念セレモニーになります。そして、小説の中で起こることといえば、アフリカ沈没とは対照的な些細な事ばかりです。


 「セバリ族の失踪」は、セバリ族という部族の研究を行った2人の文化人類学者の論文が実は何から何まででっち上げだったという話の顛末を描いたものです。
 これも小説のアイディアとしては必ずしも目新しいものではないかもしれませんが、ここで著者のゴンザレスは2人の文化人類学者がいかにして捏造を行ったかという謎に迫るのではなく、捏造を解明した若い女性の大学院生であるデニーズに焦点を当て、話を進めていきます。
 そしてデニーズは最後に次のように語ります。

 二人がやってのけたこと、意志の力だけで自分たちの新しい人生を作り上げてみせたことにほとんど称賛の念を抱いている。そして私はこう考え始める〜私にも同じことをする方法があるのなら、それを見つける努力を始めたほうがいいのかもしれない、ってね(191p)


 この、「意志の力だけで自分たちの新しい人生(世界)を作り上げてみせ」るというのがゴンザレスのやりたいことなのかもしれません。
 何かのメタファーやパロディではない、純粋に意志の力だけで作られた小説世界。そう簡単なものではないですし、ゴンザレスがこの短篇集すべてでそれに成功しているとは思えませんが、いくつかの作品ではかなりいいところまで行っていると思います。


ミニチュアの妻 (エクス・リブリス)
マヌエル・ゴンザレス 藤井 光
4560090432