ハリー・マシューズ『シガレット』

実験的文学者集団「ウリポ」所属の米の鬼才による、精緻なパズルのごとき構成と仕掛けの傑作長篇。絵画、詐欺、変死をめぐる謎……その背後でいったい何が起きていたのか? ニューヨーク近郊に暮らす上流階級13人の複雑な関係が、時代を往来しながら明かされる。
1936~38年と1962~63年とを行き来し、各章には「アランとエリザベス」「アランとオーウェン」「モードとエリザベス」などの章題が添えられ、二人ずつの組み合わせ(夫婦、愛人、父と娘、画商と画家、姉と弟など)に焦点を当てながら話が進む。尻取りのような形式で、前の章で言及のあった人物の一人が次章に引き継がれる。主要人物間の入り組んだ関係を、パズルのピースを一つ一つ提示するかのような形で見せつつ、謎と解答を与えながら読者を引っ張っていく。物語は連続ドラマのように、各章ごとに興味をそそられる事件や関係が取り上げられる(あるいは同じ事件が違う角度から眺められる)。ナボコフのような緻密な構成、ジェイン・オースティンばりの皮肉な心理描写、「驚くべき傑作」(エドマンド・ホワイト)と文学界でも絶賛された、斬新奇抜な「美しい小説」。

 これがAmazonのページに載っているこの小説の紹介文。
 これを読んだ限りでは、紹介文にもあるように「パズル」のような小説を想像するのではないでしょうか?特に「ウリポ」を知っている人からすると、「どんな複雑な仕掛けをしているんだろう?」と考える人も多いと思います。
 ちなみに「ウリポ」というのはレーモン・クノーなどを中心とした実験文学集団で、このブログではフランス語で「E」の文字をまったく使わずに書かれたジョルジュ・ペレック『煙滅』という小説を紹介したことがあります。
 

 ところが、この本の魅力というのはそういうパズル性ではなくて、人間の関係性の描き方のうまさであり、その関係性の秘密をあとから明かしてみせる手際の見事さです。
 確かに、前半は尻取りのような形で2組のカップルの恋愛が描かれていくので、複雑に絡み合ったパズル的な恋愛を見せていくっ小説なのかと思いました。けれども、「オーウェンとフィービ」という父娘関係を描いた章から、恋愛パズル的な要素は後退し、小説はデープな家族関係に分け入っていきます。お互いに好意を持ちながら上手く噛み合わずに互いに関係を破壊していく父娘、父から受け継いだ財産によってぎくしゃくする姉妹など、他人ではないがゆえにうまくいかない家族の関係が繊細の筆致で描かれます。

 
 もっとも家族関係のみに焦点が当たられるわけではなく、他にもSM的な同性愛関係や保険をめぐる過去の詐欺事件の探りあいなど、さまざまな関係が描かれるわけですが、その背景にあるのはうまくいかない家族関係だったりします。
 そして、そうした関係性がとりまく一つの謎がエリザベスという女性と、その肖像画。特にその肖像画は中盤以降のストーリーを引っ張る大事なアイテムで、この小説のミステリー的な部分を担います。


 こんな感じで数多くの読みどころがある小説なのですが、おぞらく人物相関図や事件の時系列メモなどをつくって読めばさらにいろいろなつながりが見てきそうな小説。訳もピンチョンの『逆光』の木原善彦で読みやすいです。


シガレット (エクス・リブリス)
ハリー マシューズ 木原 善彦
4560090289