牧原出『権力移行』

 帯には「政権交代を進化させよ」とありますし、タイトルからしても民主党による政権交代について扱った本かと思いますが、もっと広く日本の政治のシステムと、それを動かすダイナミズムについて分析した本。
 目次は以下の通りです。

第1章 自由民主党「長期政権」の確立
第2章 政治改革と「改革の時代」
第3章 小泉内閣はいかに「官邸主導」を作り上げたか
第4章 官僚制の変容
第5章 公務員制度改革はなぜ停滞するのか
第6章 進化する政権交代


 このように扱っているトピックはかなり幅広いです。
 そのため、やや要約しにくい内容で、何か一つのキーワードのようなものでまとめるのも不可能です。
 というわけで、ここではいくつか個人的に興味を引いた点を紹介したいと思います。


 まず一つは「官邸の継続性」についてです。
 ある程度日本の政治を見ている人にとって、官房長官こそその内閣の人事のキーであるということを認識していると思いますが、この本では、官房長官だけではなく、「官邸の継続性」という点を指摘しています。
 長期政権を築いた佐藤栄作宮澤喜一経済企画庁長官にすることで、「複数官房長官制」とも言える体制をつくり、さらにその後の改造で政務の内閣官房副長官に腹心の木村俊夫をあて、事務の内閣官房副長官の人事にも目を配ることで内閣官房の強化、そして「官邸の継続性」を重視しました。
 一方、佐藤内閣の跡を継いだ田中角栄は、官房長官に官邸経験のない二階堂進を任命。結果的に官邸経験の浅い政治家と官僚に支えられた田中内閣は調整能力部奥を露呈し、短命に終わったとしています。
 そして、著者は小泉内閣成功の要因の一つに森内閣からの福田官房長官の留任を、第一次安倍内閣の失敗の要因の一つに小泉内閣からの人事の断絶をあげています。


 二つ目は「改革」の分析です。
 1980年代以降、日本の政治のキーワードは常に「改革」でしたが、著者はこれを80年代の「従来型改革」、省庁再編に代表される「1990年代型改革」、小泉政権によって行われた「構造改革」の3つに分けて分析しています。
 ここで興味深いのが「1990年代型改革」では、内閣機能の強化がなされた一方で、自治・独立機関も強化されたために、両者の対立があらたな課題として浮上したという指摘。
 日銀なんかがその代表例になりますが、他にも地方自治の推進によって独立性が増した地方自治体の問題もあります。
 従来、これらの機関はその独立性を守るために、政府や与党からの「独立」を模索しました。著者はこの動きについて教育と司法の分野で活躍した田中耕太郎をとりあげて次のようにまとめています。

 継続的に同一政党が影響を及ぼす状況下で自治・独立を守るためには、対外的には内閣の意向を勘案しつつ、対内的には事務部門が方針を策定し、強固な官僚的統制を及ぼすことで、内部管理に対する外部からの作用を遮断する措置がとられた。(97p)

 これらの官僚的な組織に対して、政府がその「改革」を迫るというのが近年の一つの流れではあるわけですが、同時に「改革」を迫られる立場の組織も「民主化」や「情報公開」などを進めることで、新たな形で「独立」を獲得できる可能性があります。
 著者は、司法における裁判員制度と近年の最高裁における「一票の格差」への踏み込んだ判決をからめて論じていますが、これは面白い視点だと思いました。
 そして、「1990年代型改革」を著者は次のように総括しています。

 結果として、党と内閣の機能それ自体は強化されたが、自民党政権下では事実上中央省庁の統制に服していた組織がその制度趣旨に沿った形で独立性を強化したため、党・内閣の影響範囲自体は縮減したと言える。つまり、限定された権限の範囲内での党・内閣の集権化こそが、、1990年代型改革の成果であった。(154p)


 最後に、これらの改革を支えた官僚のネットワークを3つに分けて分析している部分です。
 著者によれば、官僚の大きなネットワークとして、旧内務省地方自治体職員から構成される「内務行政型ネットワーク」、大蔵・財務省の「大蔵・財務省主導型ネットワーク」、通産省経産省の「経済産業政策型ネットワーク」の3つがあると言います。
 先ほど上げた3つの改革では、「従来型改革」を担ったのが「無駄の削減」を得意とする「大蔵・財務省主導型ネットワーク」、「1990年代型改革」を担ったのが「内務行政型ネットワーク」(著者は官邸で長年務め上げた石原信雄、古川貞二郎という二人の官房副長官の役割に注目しています)、そして「構造改革」を担ったのが「経済産業政策型ネットワーク」です。
 小泉政権下では、包括的で能動的な政策立案に優れた「経済産業政策型ネットワーク」を上手く使って「構造改革」を押し進めましたが、第一次安倍内閣では「大蔵・財務省主導型ネットワーク」が復権。さらに民主党政権では、経済財政諮問会議を廃止したため、完全に「大蔵・財務省主導型ネットワーク」にとよる状態になりました。
 個人的に官僚のネットワークというものがどのようなものかわからないのでなんとも言えない部分もありますが、漠然とこの3つのネットワークのうち少なくとも2つ上手く使わないと改革は難しいのかな、とも感じました(橋下行革では「内務行政型ネットワーク」と「経済産業政策型ネットワーク」を使って大蔵省を追い詰め、小泉改革では「経済産業政策型ネットワーク」と「大蔵・財務省主導型ネットワーク」を使って郵政民営化を成し遂げたのかな、と)。


 こんなふうに色々なトピックが盛りだくさんの本で、どっちかというと『改革を可能にする政治的条件』みたいなタイトルでまとめたほうがわかりやすい気もするのですが(あんま売れそうにないタイトルですが…)、近年の政治を考える上でヒントの詰まった本だと思います。


権力移行―何が政治を安定させるのか (NHKブックス No.1205)
牧原 出
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