スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』

 「国書刊行会の近刊予定に載り続けて何年になるんだ?」という「スタニスワフ・レム・コレクション」の1冊『短篇ベスト10』がついに刊行!
 もはや、待たされたという印象もないくらいになっていましたけど、さすがにレムの短編から選りすぐりの作品を集めたものということで面白い。


 この本はもともとポーランドの読者投票などをもとにして選ばれたレムの短編15本を集めたもので、そこから『完全なる真空』に収録されてる作品と、『泰平ヨンの未来学会議』を抜いた10本を集めたのが、この『短篇ベスト10』になります。
 収録作品は以下のとおり。

三人の電騎士
第二十一回の旅
洗濯機の悲劇
A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想記より
ムルダス王のお伽噺
探検旅行第一のA(番外編)、あるいはトルルルの電遊詩人
自励也エルグが青瓢箪を打ち破りし事
航星日記・第十三回の旅
仮面
テルミヌス


 「泰平ヨン・シリーズ」からの作品が多いこともあって(「第二十一回の旅」、「洗濯機の悲劇」、「A・ドンダ教授 泰平ヨンの回想記より」、「航星日記・第十三回の旅」の4作品)、前半は滑稽でドタバタ的な作品が多く、『ソラリス』あたりからレムを読み始めていると、長編とはちょっと違った印象を受けるかもしれません。
 ただ、ひたすら身体改造が進んでしまった星を描いた「第二十一回の旅」、洗濯機の開発競争の果てに洗濯機が知能を持つようになる「洗濯機の悲劇」など、今に通じる問題意識を持った作品もあり、さすがレムだと思わせます。


 また、「第二十一回の旅」に出てくる、惑星の文化の発達段階をはかるための三つの原理の話とかも面白い。その惑星の文化が発達すると、まずはゴミを宇宙空間に放出するようになり(塵芥原理)、そのゴミの中にコンピュータなどの電子知性が増えるとそれが惑星に対して様々な要求を撒き散らすようになり(騒音原理)、最終的にこれらの知性を持った塵芥は自殺させられる(黒点原理)というものなのですが、あとの2つはともかくとして、ゴミで文明度を図るという塵芥原理は面白い着眼点です。


 けれども、小説としては何と言っても「仮面」が強烈な印象を残します。
 まったく自分が何者かがわからない「わたし」に、「性が凶暴に流れ込んでくるのを感じ」(226p)、宮廷舞踏会で王の前に登場する完璧な美を持つ女性として、物語に入り込む「わたし」。「わたし」には、自分についての知識や自分の目的といったものはわからないが、やたらに発達した分析能力があり、舞踏会での一挙手一投足を衒学的とも言える文体で解析していく。そして、途中で「わたし」の正体が明らかになる展開はぞくぞくします。
 もちろん好みはあるでしょうが(読者投票では人気がなかったらしい)、SFの短編という非常に大きなくくりの中でも、かなり上位にくる出来だと思います。


 他にも、最後に収録されている「テルミヌス」も、秘密を抱えた宇宙船とそこで働くロボットの謎を追うという古典的とも言っていい道具仕立てのSFですが、雰囲気といい、語り方といい、よく出来た短編になっていると思います。
 

短篇ベスト10 (スタニスワフ・レム・コレクション)
スタニスワフ・レム 沼野充義
4336045054


 この本に載っていない短編のベスト作品はだいたいこちらの本に載っている。

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)
スタニスワフ・レム 沼野 充義
4336024707