松田茂樹『少子化論』

 少子化問題にまつわる最近のトピックとしては、なんといっても「保育園不足」「待機児童問題」といったことが目につきますが、保育園が整備されて待機児童がいなくなれば出生率は向上するのでしょうか?


 この『少子化論』では、育休制度の充実や保育園の整備についてある程度評価しつつも、それだけでは少子化問題は解決しないとしています。仕事と育児の両立は数多くある少子化の要因の一つであり、日本の少子化についてはもっと別に大きな要因があるというのです。


 目次は以下の通り。

序章 少子化の進行と変容
第1章 家族は変わったか
第2章 若年層の雇用劣化と未婚化
第3章 父親の育児参加は増えたのか
第4章 企業の両立支援の進展と転換期
第5章 都市と地方の少子化
第6章 国際比較からみる日本の少子化
終章 少子化克服への道


 1989年の「1.57ショック」のあと、少子化が社会問題として認識され、政府の少子化への取組がはじまりました。合計特殊出生率に関しては、2005年の1.26を底として多少の改善が見られますが、まだまだ人口置換水準は下回っていますし、少子化対策が奏功しているという手応えもありません。
 著者は保育と両立支援に関しては、ここ20年ほどで前進が見られたものの、それ以外の対策が弱かったといいます。


 少子化の原因が「日本では女性の育児と仕事の両立が難しく、仕事を続けようと思うと子どもをあきらめざるを得ない」ということであれば、大事なのは育休であり保育園の整備であり、その他働くママを支援する政策になります。
 ところが、いまだに日本では伝統的な家族観が根強く、言われるほど多くの女性が育児と仕事の両立を望んでいるわけではないというのが、この本の一つの主張になります。


 1990年以来、「夫婦とも就業」世帯が、「夫就業妻未就業」世帯を上回ったことから、「日本の家族は変わった」とされていますが、育児期の女性の就業率はここ15年ほど変わっていません。M字カーブが押し上げられたのは、未婚者が増えたためであり、育児と仕事を両立させる女性が増えたからではないのです(36p)。
 

 もちろん育児期の女性の就業率が上がっていないのは保育園不足など両立支援が足りないせいかもしれません。
 しかし、実は女性自身の希望も大きいのです。2006年に内閣府男女共同参画局が30〜40代女性にアンケートを行っていますが、それによると、子どもが3歳以下のときに望む働き方は、「残業もあるフルタイム」0.5%、「フルタイムだが残業のない仕事」6.2%、「短時間勤務」13%で、一番多かったのは「働きたくない」58%。大多数の女性は子育てへの専念を希望しているのです。


 ここから著者は、「夫は仕事、妻は家庭」という「典型的家族」のための少子化対策が課題だといいます。いくら、両立支援が進んでも「典型家族」がマジョリティであれば、その効果は限定的だからです。
 このような「典型家族」にとって、子どもを持つことを躊躇する理由の一つが「子育てにお金がかかること」です。子ども手当は、「共働き世帯」、「片働き世帯」関係なく子育てを支援する政策でしたが、残念ながらすぐに縮小されてしまいました。
 著者は「典型家族」を支援する方策として子ども手当の拡充を訴えています。


 日本の少子化の直接の原因は未婚化です。そして、その未婚化の大きな要因が若年男性の経済力の低下です。
 先ほど見たように、女性の多くが子どもが小さい時は子育てへの専念を望んでいます。となると、その期間は夫のみの収入で暮らせることが結婚の一つの条件となります。しかし、長年続く不況や非正規雇用の増加によってそれが難しくなっているのです。
 男性で見ると、正規雇用非正規雇用の結婚意欲は明らかに異なっています。2009年に行われたアンケートにおいて、正規雇用者で「結婚するつもりはない」と答えているのは17.2%ですが、非正規雇用者では32.9%(78p)。かなりの数の非正規雇用者が結婚をあきらめている現状がうかがえます。


 非正規であっても夫婦共働きであれば世帯年収300〜400万を稼ぐことは可能でしょうが、先述のように女性が子育てへの専念を望んでいるために、非正規共働きカップルは形成されにくいのです。
 また、育児休業などは非正規を対象としていないことが多く、保育園も非正規だと入れにくい現状があります。結果として、子育てに関して非正規共働きカップルは正規共働きカップル以上に厳しい境遇にあります。
 著者は非正規の正規への転換、非正規でも育休などが取れるようにすることなどを提言しています。


 このあと、本では父親の育児参加、企業の両立支援と続き、それぞれなかなか面白い分析を含んでいるのですが、ここでは第五章での地域ごとの分析を紹介したいと思います。
 大雑把に見て、日本では都市で出生率が低く地方で高くなっています。地方のほうが住宅事情が良い、祖父母との同居割合が高いなど幾つかの要因が思いつきますが、さらに地域ごとに細かく見ていくといろいろなことがわかってきます。


 147pの2010年の都道府県ごとの出生率を示した地図を見ると、都市部だけでなく東北や北海道の低さが目につきます。
 北海道はもともと出生率の高くない地域で、さらに近年、札幌への人口集中、非正規雇用の増加などが進んでいることから出生率が低迷していると考えられます。
 一方、東北は夫婦の「欲しい子ども数」も多く、祖父母の支援も得られやすいなど、本来ならば出生率が高くてもおかしくない地域です。しかし、経済が低迷し、雇用情勢が厳しいことから出走率が低迷していると考えられています。


 逆に九州・沖縄は日本で一番出生率の高い地域ですが、これは沖縄を除いて、失業率が低く若年層の非正規雇用者の割合も低いことが要因と考えられています。良質な雇用が出生率を後押ししているのは中部もそうで、強い製造業とそこから生まれる若者の良質な雇用が出生率にも大きな影響を与えていることがわかります。
 「地方の優先課題は、まず、若年層の雇用の創出」(182p)なのです。
 

 この他、「日本では同棲が少ないから少子化になっている」との言説に対しては、第六章で宗教的な拘束のない日本の結婚はフランスやスウェーデンカップル制度に近いという議論をしています。「結婚」という言葉の重みをどう取るかという問題は残りますが、日本の婚姻制度が結婚・離婚ともヨーロッパのそれよりも軽いのは事実なようです。
 また、少子化から抜けだした各国では、現物給付、現金給付ともに充実していることに注意を向けています。「現金よりも現物給付」と言ってリソースを現物給付に回すだけでは少子化からは抜け出せないのです。


 こうした各章の分析を踏まえて、終章ではパラダイム転換が必要だとして次のように述べています。

 典型的な少子化論における問題意識は、「女性の社会進出などによって出産・育児期にも共働きを望む人(特に女性)が増えてきたが、保育所不足や育休などの両立環境が十分でないためにそれができないことが、都市を中心にわが国の少子化を招いてきた」というものであった。
 しかし、実態は違う。問題意識を次のように改める必要がある。「若年層の雇用の劣化により結婚できないものが増えたこと及びマスを占める典型的家族において出産・育児が難しくなっていることが、わが国の少子化の主要因である。保育所不足や育休などの両立環境が十分でないために少子化がもたらされているというのは、主に都市に住む正規雇用者同士の共働き夫婦についてである。」
 この問題認識をふまえて、今後少子化対策を行っていくことが期待される。(224ー225p)


 3年前の本になりますが、今現在でも少子化問題を語る上で外せない本といえるのではないでしょうか。


少子化論―なぜまだ結婚、出産しやすい国にならないのか
松田 茂樹
4326653809