宇多田ヒカル/Fantôme

 エヴァに喩えて言うならば、「アスカのように鮮烈な印象でデビューした宇多田ヒカルが、いつの間にかミサトさんも飛び越えて碇ユイになっていた」という感じ。
 先行シングルの"花束を君に"などからも、今回のアルバムが母・藤圭子の死に強い影響を受けたものだということは予想できたのですが、それ以上の「境地」のようなものに到達していると思います。


 例えば、2曲目の"俺の彼女"。♪俺の彼女はそこそこ美人 愛想もいい♪という出だしからは、勘違い男を笑い飛ばすような歌かと思うわけですが、サビの歌詞は♪カラダよりもずっと奥に招きたい 招きたい/カラダよりずっと奥に触りたい 触りたい♪と、笑い飛ばすというよりも包み込んで、そのまま取り込んでしまうようなものになっています。まるで『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の巨大化した綾波みたいです。


 先行シングルの1曲だった"真夏の通り雨"も、♪自由になる自由がある/立ち尽くす 見送りびとの影♪というはっとさせるような歌詞を入れ込みながら、最後は♪ずっと止まない止まない雨に/ずっと癒えない癒えない乾き♪というコーラスでの締め。ずっしりとした暗さがあります。


 ただ、そんな怖さや暗さばかりでアルバムを埋め尽くさないのが宇多田ヒカルのプロらしい所で、"道"や"花束を君に"といった曲は、歌詞だけ取り出せばかなり暗いかもしれませんが、メロディは明るく、十分にポップソングとして仕上がっています。


 さらにこのアルバムの工夫は、椎名林檎小袋成彬KOHHといったアーティストとコラボしているところ。
 ネットなどの感想でもこの3曲の評判はいいですが、確かにこの3曲だけ「現世の欲望」が歌われている感じで、普通の人の感情とシンクロする歌になっていると思います。
 逆にいうと、他の曲は「無常感」という言葉がぴったりな曲が続きます。ラストの"桜流し"なんかは、「無常感」以外の何物でもないですよね。
 個人的には、その「無常感」は好きですが。


Fantôme
宇多田ヒカル
B01I4GDLZW