ベン・ファウンテン『ビリー・リンの永遠の一日』

巨大スタジアムのステージで、兵士たちが行進し、ビヨンセが歌い踊り、花火が上がる―。甦る戦場の記憶と祖国アメリカの狂騒。19歳の兵士の視点で描かれる感動の大作。全米批評家協会賞受賞作。

 これがこの小説の帯に書かれた紹介文。イラク戦争から一時帰還した兵士がアメフトのハーフタイムショーに駆り出されるこの小説は、イラク戦争版『キャッチ=22』と評されてもいそうです。


 ただ、個人的な読後感は「ドン・デリーロだ!」というもの。
 小説の中で描かれているのは、主人公たちがアメフトのハーフタイムショーに駆り出されるほぼ一日の中での出来事なのですが(ビリーが家に帰った時のことがけっこう細かく描かれているのは形式としては不完全な部分だと思う)、そこにこれでもかというくらいに「今のアメリカ」を詰め込もうとしています。
 とにかく読みながら思い出していたのはドン・デリーロの『コズモポリス』。この小説に関してはデヴィッド・クローネンバーグが映画化しているので映画を見た人がいるかもしれません。自分は映画は未見なのですが、小説の方は、金融取引を続ける男がリムジンでニューヨークを移動する中に、可能な限りの「今のアメリカ」を詰め込もうとしたものでした。
 本当にこの『ビリー・リンの永遠の一日』は『コズモポリス』と似ていると思います(もちろん、訳者が両方とも上岡伸雄で同じという理由もあるのかもしれません)。


 著者はテキサス・スタジアムで行われたダラス・カウボーイズシカゴ・ベアーズ戦のハーフタイムでディスティニー・チャイルドが歌い大学や軍のマーチングバンドが行進するのを見て、「イラクで激戦を経験した兵士たちがこのハーフタイムショーに呼ばれていたら?」と考えてこの小説を構想したそうですが、おそらくドン・デリーロの小説もいくつか読んでいたのでしょう。
 「資本主義」、「金融」、「セックス」、「死」といった要素の詰め込み方はドン・デリーロの直系という感じです。
 あとはクリント・イーストウッドの『父親たちの星条旗』もインスピレーションとしてあったのだと思います。戦場と銃後の格差。イーストウッドが描いたように、これは第二次世界大戦の時からあったものですが、この格差は現代においてグロテスクなまでに拡大しています。
 そして、この小説ではこの格差を露悪的とも言える形で描いています。


 主人公のビリーの造形はドン・デリーロの登場人物に比べると純朴で平凡とも言えるのですが、逆にそれがドン・デリーロの小説よりも読みやすい要因になっていると思います。
 これだけのものを詰め込みながら、読者を置いてけぼりにせずに最後まで引っ張るのは作者の力。今までになかった鮮烈なものがあるわけではありませんが、大量の情報を詰め込みながら、上手くストーリーを紡いでいると思います。

 
ビリー・リンの永遠の一日 (新潮クレスト・ブックス)
ベン ファウンテン Ben Fountain
4105901346


コズモポリス (新潮文庫)
ドン デリーロ Don DeLillo
4102183213