『バイス』

 ブッシュ(子)政権で副大統領を務め、イラク戦争を主導したとも言われるディック・チェイニーを描いた映画。監督は『マネー・ショート』のアダム・マッケイで、チェイニーを演じるのがクリスチャン・ベールラムズフェルド役にスティーヴ・カレルと『マネー・ショート』のメンバーが再結集という趣きで、同じように政治経済の思いテーマをコメディタッチで描こうとしています。

 

 ただ、それが成功しているかというとやや物足りない面もあります。

 まず、前半は非常にいいと思います。ゴロツキ的な生活を送っていたチェイニーが、頭もよく上昇志向に燃える恋人のリン(エイミー・アダムス)に尻を叩かれる形で政界に入り、かなりイカレたキャラであるラムズフェルドのもとで修行を積み、フォード大統領のもとで首席補佐官になる。チェイニーとラムズフェルドのコンビが面白く、ここまではコメディとしても良く出来ています。

 その後の下院議員時代についても、演説の苦手なチェイニーに代わってリンが大活躍するとことなども面白いです。

 サム・ロックウェル演じるブッシュ(子)も、やや戯画化されていますが、本人を彷彿とさせます。彼から副大統領にならないかと持ちかけられるシーンも良いと思います。

 

 ただし、脚本からはチェイニーが副大統領になったあと、イラクへこだわる理由が見えてこないです。

 チェイニーが法律顧問などの知識を駆使して、大統領権限の拡大をはかるところなどは面白くも怖くもあるところですが、大きな権限を手に入れたチェイニーがイラク戦争へと突き進む理由はあまりよくわかりません。

 これはチェイニーがブッシュ(親)政権時代の国防長官だった時代をすべてカットしてしまってることに1つの原因があると思います。湾岸戦争で相手を圧倒しながら、結局はフセイン政権を打倒できなかったという経験が、チェイニーをはじめとするブッシュ(子)政権のスタッフをイラク戦争に駆り立てたのではないかと思うのですが。それがきれいさっぱりカットされています。

 

 また、イラク戦争やその影響などを描く場面ではどうしてもイメージに頼ってしまっています。もちろん映画なのでイメージに頼って当然なのですが、なんとなく脚本の薄さを埋めるようなものに思えました。

 イラク戦争に関しては、単純にチェイニーを悪の権化として描くような部分もあり、マイケル・ムーアの『華氏911』に通じる平板さがありました。

 

 随所に盛り込まれたメタ的な展開など、トータルすれば面白い部分も多かったのですが、肝心な部分で期待に届かないところもありました。