竹中佳彦・山本英弘・濱本真輔編『現代日本のエリートの平等観』

 近年、日本でも格差の拡大が問題となっていますが、その格差をエリートたちはどのように捉えているのでしょうか?

 本書は、そんな疑問をエリートに対するサーベイ調査を通じて明らかにしようとしたものになります。

 

 このエリートに対する調査に関しては、1980年に三宅一郎・綿貫譲治・嶋澄元の3人が実施し、分析から蒲島郁夫が加わった「エリートの平等観」調査という先行する調査があり、今回の調査(2018−19年調査)はそれを引き継ぎながら比較も試みています。

 1980年と現在では個人情報に対する意識が違いますし、また当人の「エリートとしての自負」のようなものも違うはずで、調査票の回収にはかなり苦労したようですが、現在に日本の平等観を考える上で興味深い知見がいくつも示されています。

 

 目次は以下の通り

 

序[竹中佳彦]

第Ⅰ部 平等をめぐる理論と文脈

第1章 平等をめぐる理論と文脈[竹中佳彦・近藤康史・濱本真輔]
第2章 調査の方法と回答者のプロフィール[竹中佳彦・山本英弘]

第Ⅱ部 エリートの社会経済的平等観

第3章 平等観と保革イデオロギー竹中佳彦・遠藤晶久]

第4章 経済的平等:不平等認知は再分配政策につながるのか[久保慶明]

第5章 ジェンダー平等:右傾化か,経済か,フェミニズムの定着か[大倉沙江]

第6章 世代間平等:「シルバー民主主義」の実像[遠藤晶久]

第7章 平等価値の階層構造:基底的平等価値の記述的分析[鈴木創]

第Ⅲ部 政治的平等の諸側面

第8章 政治権力構造とマスメディア:レファレント・プルーラリズムのゆくえ[山本英弘・竹中佳彦]

第9章 政策ネットワーク:官民関係の現状と変容[柳至]

第10章 「一票の重み」の不平等が政治家に及ぼす影響[今井亮佑]

第11章 経済的平等に関する応答性:エリートと有権者の考えは一致しているのか[山本英弘]
第12章 有権者の応答性認識にみる政治的平等:男性,高齢者,農村部に偏る政治[濱本真輔]

終章 現代日本のエリートの平等観の諸相と権力構造・ネットワーク・応答性[竹中佳彦]

 

 まず、この調査で問題になるのは「誰がエリートなのか?」です。「エリート」という言葉を聞けば、「医師」「官僚」「東大卒」「資産家」など、さまざまなイメージが浮かぶでしょう。

 本書では1980年の調査を踏襲する形で「政治、経済、マスメディア、市民社会など様々な分野のフォーマルなリーダーの地位にある者」(24p)を「エリート」として捉え、彼らを対象に調査を行なっています。

 ですから、農業団体や市民団体の代表といった、一般の人が想定する「エリート」とはややズレるであろう人たちも調査の対象になっています。

 

 本調査は、①政党・政治家、②官僚・自治体職員、③経済団体、④労働団体、⑤農業団体、⑥商工団体、⑦市民団体・NPO、⑧専門家、⑨学者・文化人、⑩マスコミの各グループを設定し、これらの中から抽出した人々に調査票を送る形で調査を行なっています。

 ただし、政党・政治家、経済団体に関しては回収率が悪く、追加の調査を行っていますが、この2つと農業団体に関しては回収率が低いのでやや注意が必要となります。

 

 このエリートの内実ですが、まずは圧倒的に男性中心です。全体の女性比率は13.2%で、1980年調査の7.8%よりは上昇していますが、市民団体・NPOを除けばいずれも低い割合です。

 年齢は50〜60代が中心、出身は官僚とマスコミで東京出身者が目立ちます(38p表2-3参照)。学歴は1980年調査に比べて院卒を含めた大卒の割合が増えています(合わせて75%以上)。ちなみに出身大学の最多は早稲田の5.1%、ついで東大の4.6%だそうです(40p)。

 

 第3章から具体的な分析が始まりますが、まず第3章ではエリートの保革イデオロギーがとり上げられています。

 1980年の調査では「やや革新的」と「やや保守的」に2つの山がありますが、2018−19年調査では「やや革新的」の山が消え、その代わりに「中間」と「やや保守的」が増えています(51p図3−1参照)。

 グループごとに見ていくと、1980年の調査に比べて大きく変化しているのが労働組合で、「保守的」に移動しています。また、マスコミもやや「保守的」に移動しています。一方、農業団体や保守政党は保守色がやや弱まっています(53p図3−2参照)。

 

 平等の認知に関しては、「性別」、「外国人」、「米軍基地」という3つの項目を除いて、「政治参加機会」「教育機会」「雇用」「収入」などの多くの面で、有権者よりもエリートの方が日本を平等だと見ています(55p図3−3参照)。特に保守政治家は多くの分野で日本が平等だと見ています。

 

 具体的な政策では、エリートの方が有権者よりも保革イデオロギーと政策への賛否の関連が明確です。

 例えば、「女性の雇用割当制」、「外国人参政権付与」といった項目では革新は賛成、保守は反対という傾向が明瞭です。一方、有権者では「累進課税」の項目で保革イデオロギーが関連していないようですし、革新的な人でも「自助努力賛成」の人が多いです(60p図3−4参照)。

 

 第4章では経済的平等について検討しています。

 まず、1980年に比べてエリートのすべてのグループにおいて、収入、財産の両方で不平等に対する認知は高まっています(69p図4−1参照)。

 基本的に革新が再分配を支持し、保守が支持しない関係になるのですが、雇用保障は、保守政治家は不平等についての認知が弱いにもかかわらず支持しています(74p図4−4参照)。

 政治家は、それ以外の人々と違って、不平等の認知が政府による格差縮小政策への支持につながっていないという特徴もあります(82p図4−7参照)

 また、不平等の認知よりも、経済成長と財政規律のどちらを重視するかが雇用保障への支持と関連しています。経済成長重視派は雇用保障に賛成しやすく、財政規律重視派は雇用保障に反対しやすいのです(83p図4−8参照)。

 

 第5章はジェンダー平等。

 1980年に比べて、「女性も職業をもつ方がよい」は当然のように賛成が増えていますし、「女性の雇用割当制」についても、まだ明確に賛成するグループが少ないものの、80年位比べるとすべてのグループで賛成方向に動いています。ジェンダーに関しては今回の調査で初めて設けられた質問も多いですが、「選択的夫婦別姓」についても保守政治家と農業団体以外は賛成です(92p図5−1参照)。

 全体的な変化を見ると、この40年で保守的なエリートも女性の労働力化には賛成するようになったが、雇用割当制には慎重であり、選択的夫婦別姓にも慎重です。ただし、バックラッシュ的な反動は見られず、経済的な要請の方を優先している様子もうかがえます。

 

 第6章は世代間平等、いわゆるシルバー民主主義の問題がとり上げられています。

 現在、人口の高齢化に加えて若者の投票率の低さから政策の宛先が高齢者中心になってしまうシルバー民主主義が問題視されています。

 一般の有権者に対する調査では、若者と年配の人の集団対立は基本的に若い世代の方が強く認識しています(105p図6−1参照)。

 ただし、平等についての認知では「若者/高齢者」の不平等はそれほど強く認知されているとは言えません(107p図6−2参照)。ここでも若い世代の方が不平等だと認知していますが、20〜50代まではほぼフラットで、60代から平等だとする人が急に増えるので(108p図6−3参照)、世代間の問題というよりは「現役世代対高齢層」という図式なのでしょう。

 

 エリート調査を見ると、保守政党が一番強く、ついで官僚・自治体職員、経済団体・商工団体というグループで世代間で平等だと認知しており、革新政党労働団体、市民団体・NPOが不平等だと認知しています。

 ただし、例えば年金の財源問題をみると、高齢者にも負担を求める消費税の増税について保守政党、官僚・自治体職員、経済団体・商工団体は賛成しています。また、世代的な対立も特に見えません(114p図6−6参照)。

 

 こうした分析結果から見ると、確かに世代間の不平等は認識されているかもしれないが、それがストレートに高齢者に負担を求めず若い世代に負担を押し付ける政策に結びつくかというと、そうはなってはいません。

 シルバー民主主義はそのロジックが単純でわかりやすいですが、その影響がストレートに現れているわけではありません。

 

 第7章は「平等価値の階層構造」と題されており、何をやっているのか分かりにくいのですが、それぞれのグループがどんな問題の不平等を重視し、どんな平等観を持っているかを分析したものです。

 本章では質問への回答から回答者を7つのクラスに分けています。これによると保守政治家は「経済」に対する平等志向や弱く、「女性・外国人」、「クオータ制」についての平等志向は中間といったタイプが多いです。ただ、同時に保守政治家の16.6%が「経済」「女性・外国人」についての平等志向が強く、「クオータ制」についてもやや強いというタイプで、このあたりが日本の特徴なのかもしれません(127p)。

 

 「機会の平等」か「結果の平等」かという平等観についても分析しています。まず、日本では「結果の平等」を重視する人は少なく、「機会の平等」を重視する人が多数派です。

 主流エリートでは「結果の平等」を重視する人の方が経済的平等志向という分かりやすい関係にありますが、対抗エリートでは「機会の平等」を重視する人で経済的平等志向が強いという分かりにくい関係になっています。これは教育における「機会の平等」を保障するには経済的な平等必要だという考えなどが影響しているのかもしれません。

 

 第8章は政治権力構造とマスメディ。

 1980年の調査ではエリートからの評価においてマスメディアが大きな影響力を持っており、イデオロギー的にも中立的なマスメディアが市民運動や女性団体、労働組合などの反体制側のグループも含めたさまざまなエリートとつながり、それを政治権力にも伝えるはたらきをしているという、「レファレント・プルーラリズム」のはたらきがあったといいます。

 

 では、2018〜19年調査ではどうなのか?

 まず、影響力ですが1980年のときはマスメディア、官僚、政党の順番で影響力があるとされていましたが、18〜19年調査では、生活における影響力で、与党、テレビ、官僚、政策決定における影響力で与党、官僚、経済団体の順で、カテゴリーなどが変わったので単純な比較はできませんが、マスメディア(新聞、テレビ)の影響力は落ちている印象です(142p表8−1参照)。

 

 マスメディアの全体的なイデオロギー的な中立性に関してはそれほど変化はありませんが、個々のメディアについてはイデオロギー的に分極した印象が強まっています(朝日は「革新的」に見られ、読売は「保守的」に見られており、日経とNHKはその中間(149p図8−1参照)。

 また、マスメディアがアクセス可能な団体も減りつつあり、以前のような「レファレント・プルーラリズム」のはたらきは弱まっているといえます。

 

 第9章は政策ネットワークについて。政策過程におけるアクターの関係性を分析しています。

 各グループのエリートたちがそれぞれどのような相手と接触しているかを見ることで、どのような形で意見や利害が反映するかを明らかにしようというのです。

 

 2018〜19年調査を見ると、意見表明回路では経済団体と労働団体は国会議員へのものがトップであり(労働団体は野党の国会議員中心だと思われれる)、農業団体、商工団体、市民団体では地方議員がトップです。その地方議員は国会議員と首長につないでいます(161p表9−1参照)。

 しかし、こうした意見表明回路は1980年の調査に比べると細くなっています。経済団体は国会議員に接触していると言いましたが、その数値は1980年からずいぶん落ちていますし、官庁局長級以上への接触も落ちています。農業団体と国会議員、自治体職員と国会議員の回路なども細くなっています(164p表9−3参照)。

 また、要望のための接触割合をみると各アクターの官庁局長級以上への接触割合が大幅に低下しています(165p表9−4参照)。このあたりは政治・行政改革の成果とも言えますが、中央の官庁のリソース不足を各団体が補うといったことは難しくなっているのかもしれません。

 

 第10章は「一票の格差」の問題がとり上げられています。ここでは「一票の重みが軽い選挙区選出議員の方が日本の現状を「不平等」だと考えていたり、政治についての意識や行動に影響を与えているのか?」という問題意識をもって分析がなされています。

 ただし、分析の結果では「一票の格差」による政治参加機会の平等認識や「一票の格差」をどこまで許容すべきかという点に関しては差は見られませんでした。

 一方で「一票の格差」が大きい都道府県の議員は、「一票の格差」の大きさを追認する傾向があります。

 

 第11章は経済的平等性について。ここでは主にエリートと有権者の経済的な平等に関する考えが比較されています。

 まず、保守政治家、官僚、経済団体といった政策形成のメインにいる人々は有権者よりも今の日本を「平等」だと認知しています。そして、官僚や経済団体では格差容認志向も強いです(199p図11−1参照)。

 また、自立志向と再分配志向でも、経済団体、保守政治家、官僚は自立志向です。さらに有権者でも高収入や政治への関心や有効性感覚が高い層も自立志向です(201p図11−2参照)。

 今の状況だと、格差を縮小するような政策は選ばれにくいと言わざるを得ません。

 

 第12章は有権者の平等認知、政治的有効性感覚(個人の行動が政治に影響を与えていると感じられる度合い)、応答性認識(政治家やエリートが有権者に応答しているか)が分析されています。

 まず、男性、高年齢、団体所属の3つの属性が平等認知が高めています。つまり今の日本をより平等だと認識しているのです(208p表12−1参照)。

 有効性感覚については、有権者が影響力を持つべきだが、実際は与党や官僚が影響力を持っていると考える人が多いです。そして労働組合の影響力は低く見積もられています(209p図12−1参照)。

 応答性認識については基本的に低いのですが(国会議員や官僚は国民のことを考えていないとしている)、年齢が高い、団体に所属している方が高めに出ます。

 

 このように本書は多岐にわたった分析を行なっています。調査の回収率の低さなどもあって、「これが日本のエリートのすべて」みたいには言えないかもしれませんが、エリートが一般の有権者よりも日本を平等だと認知しているなど、いくつかの重要な知見を教えてくれる内容になっています。

 そうした構造にあり、されにマスメディアがかつてのようにさまざまな立場の人を繋ぐ役割を果たしていないとすると、有権者とエリートのギャップを埋めるための何かが必要なのかもしれません。

 本書は、日本社会を考える上でのさまざまな材料を与えてくれる本だと言えるでしょう。