池内恵、宇山智彦、川島真、小泉悠、鈴木一人、鶴岡路人、森聡『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』

 東京大学出版会から刊行されている「UP plus」シリーズの1冊で、形式としてはムックに近い形になります。

 このシリーズでは川島真・森聡編『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』を読んだことがありますが、『アフターコロナ時代の米中関係と世界秩序』ではけっこう長めの対談が2つはいっていましたが、本書は個人の論考が7本並ぶという形になっています。

 ここではそれぞれの内容を簡単に紹介していきます。

 

鈴木一人「戦争と相互依存」

 

 サブタイトルは「経済制裁武力行使の代わりとなるか」。ここからもわかるように対ロシアの経済制裁について検討しています。

 まずは経済制裁の基本を確認しつつ、経済制裁はやられる方もやる方も双方にダメージがあることを指摘しています。現在、欧州がガス価格の高騰などに苦しんでいるように、経済制裁をかける方も返り血を浴びる可能性が高いのです。

 

 今回の経済制裁の特徴はG7が結句して迅速になされた点と、そうは言っても石油や天然ガスについて完全な輸入禁止はまだできていないという点があります。

 ロシアの化石燃料は中国やインドにも売られているわけですが、同時に対欧州でも大きな穴が空いているという「ドーナツ型」の制裁になっています。

 また、今回は制裁を解くタイミングも難しく、ロシアの占領地域がある限り、そう簡単には制裁を解除できないでしょう。そうしたことから、今後「制裁疲れ」が起きている可能性があります。

 

小泉悠「古くて新しいロシア・ウクライナ戦争」

 

 2014年のクリミア併合とその後のウクライナ危機において、ロシアは「ハイブリッド戦争」とも呼ばれるサイバー攻撃などを含む「新しい」形の戦争を行いましたが、今回の戦争では「古い戦争」の色彩が強くなっています。

 ロシアはゼレンスキー政権の打倒を目指して作戦を開始しています。当初の「プランA」はキエフの空港を空挺部隊で急襲して政権の転覆を目指しましたが失敗、ついでキーウやハルキウ、ヘルソン、マリウポリといった大都市を攻略する「プランB」に移行、しかしこれも失敗し、ドネツクとルガンスクの占領を目指す「プランC」に移行したと考えられます。  

 

 「古い戦争」において重要なのが兵力です。火力に関してはロシアが有利ですが、兵力では15万人程度を動員したロシアよりも、総動員をかけたウクライナのほうが上回っていると考えられ、これがロシア軍苦戦の1つの要因になっています。 

 ロシア側にも総動員をかけるという手段が残っていますが、プーチン大統領も踏み切れていません。

 

 一方、単純に「古い戦争」だと言えない面は、核によって西側の参戦が防がれています。また、ゼレンスキー大統領のメッセージやロシアによって殺された人々の遺体の映像などが全世界に発信されており、それが国際世論を動かしています。こうした情報発信はロシア側も行っており、「新しい戦争」の側面だと言えるかもしれません。

 

鶴岡路人「欧州は目覚めたのか」

 

 ウクライナ戦争は欧州に大きな変化をもたらしましたが、本章ではドイツの「転換」、フィンランドスウェーデンNATO加盟申請、エネルギーの「脱ロシア化」という3つの変化をとり上げて、そのゆくえを論じています。

 

 ドイツは、ノルド・ストリーム2の停止、対GDP比で2%以上の国防支出を目指すことなど、今までの政策を大きく転換しましたが、ウクライナへの重装備の供与に当初慎重だったやロシアからのエネルギーの禁輸措置に消極的だったことなどもあって、ウクライナから批判を浴びました。

 フィンランドスウェーデンNATO加盟は中立政策の放棄という点で大きな変化ですが、両国とも相互支援条項を持つEUに加盟しており、ロシアのウクライナ侵攻は最後のひと押しだったと見ることもできます。

 エネルギーの「脱ロシア化」も、脱炭素の流れから長期的には目指されていたもので、スケジュールは大きく狂ったものの不可避の流れかもしれません。

 そんな中で変わらないのがNATOの中心性で、フィンランドスウェーデンが加盟に動いたようにNATOの存在感は高まりました。

 

 冷戦終結後、「ドイツ問題」は統一ドイツのNATO帰属という形で解決されましたが、「ロシア問題」は未解決のまま残されたとも言え、そのためにマクロン大統領などは話し合いによる問題解決に熱心でしたが、2月24日の侵攻とロシアによる残虐な行為が明らかになって以来、ロシアを今のままでヨーロッパに取り込むことは不可能になっています。

 そういった意味で、ヨーロッパは変わらざるを得ないし、同時に未だに解決の道が見えない状態だとも言えます。

 

森聡「ウクライナと「ポスト・プライマシー」時代のアメリカによる現状防衛」

 

 冷戦終結後から2008年にリーマンショックが起こるまでの時期は、アメリカが世界において圧倒的優位(プライマシー)を確立していました。アメリカはユーゴ内戦に介入し、イラク戦争ではフセイン政権を転覆させました。アメリカが「人権」や「民主主義」といった理念のもとに動いた時代と言えます。
 しかし、リーマンショックあたりを境にこのアメリカの圧倒的優位は崩れていきます。アメリカはポスト・プライマシーの時代を迎えることになったのです。


 この問題に最初に対処したのがオバマでした。オバマは2014年のロシアのクリミア併合に対して、ロシアに制裁をかけ、同盟国に安心を供与し、ウクライナを支援するという方針で臨んでいます。

 ただし、ウクライナへの殺傷兵器の供与については、バイデン副大統領やブリンケン国務副長官が前向きだったのに対してオバマは慎重でした。オバマは「アメリカにとってのウクライナよりも、ロシアにとってのウクライナの方が重要なので、ロシアはエスカレーション上の優位に立っている」(52p)とみていました。


 つづくトランプはウクライナ問題にほとんど注意を払わなかったこともあって、トランプ政権においても基本的にオバマ政権の政策が踏襲されます。一方、マティス国防長官やティラーソン国務長官のはたらきかけもあってウクライナへの殺傷兵器の供与が始まります。
 ただし、トランプがウクライナにおけるバイデンの息子のスキャンダルなどを追求しようとしたこともあって対ウクライナ外交はぐだぐだになります。

 

 オバマ、トランプのウクライナ政策は基本的にバイデン政権にも受け継がれました。ただし、大きな違いはロシアがウクライナ侵攻を決意したことです。

 バイデン政権は、情報機関や衛星画像などから得た情報でロシアによる侵攻の可能性を暴露して牽制するとともに、派兵オプションについては見送りを表明しました。

 これがロシアの侵攻の敷居を下げたとの批判をありますが、ロシアによる侵攻がなされてからも、ロシアに制裁をかけ、同盟国に安心を供与し、ウクライナを支援するというオバマ政権から続く方針で臨んでいます。

 

 ただし、制裁はより強力になり、兵器の供与のレベルも上がってきています。大統領補佐官サリヴァンは22年4月のインタビューで「最終的に我々が見たいのは、自由で独立したウクライナと、弱体化し孤立したロシア、そしてこれまで以上に強力になり、結束を強め、決意を固めた西側なのです」(70−71p)と述べていますが、エスカレーションを避けつつも、長期的にロシアの弱体化をはかるというスタンスになりそうです。

 

川島真「制限なきパートナーシップ?」

 

 副題は「中国から見たロシア・ウクライナ戦争」。一枚岩にも見える中露ですが、その実態はどうか?という論考です。

 中国国内では今回の戦争について強い言論統制はかけられておらず、ネット上でもさまざまな情報が飛び交っているといいます。

 

 中国にとって、2022年というのはまずは10年に1度の人事の年であり、異例の三期目を目指す習近平にとって「失敗できない年」です。それにもかかわらず、国内では新型コロナの流行に伴うロックダウンとそれによる経済の原則が続いており、とにかく国内情勢を安定させる必要があります。

 

 そうした中で、中国はアメリカと中露が対立する二極化した世界を望んでいるわけではありません。もちろんアメリカの一極化は拒否するわけですが、中国が目指すのは先進国対途上国、あるいは新興国という枠組みの中で中国が後者を代表するような形です。中露が「専制主義国家」として一括りにされるのも困るわけです。

 そこで中国はアジア諸国に外交攻勢をかけています。国連決議でアメリカに与したカンボジアに対してオンラインの外相会談でアメリカに追随しないように圧力かけたように、アジア諸国アメリカになびくことを警戒しています。

 一方で、NATOとの結びつきを強める日本には警戒心をより強めてくることが考えられます。

 

宇山智彦「ウクライナ侵攻は中央アジアとロシアの関係をどう変えるか」

 

 国連のロシアを避難する決議において中央アジア5カ国はいずれも棄権ないし欠席していますし、2022年1月にカザフスタンで起きた動乱ではロシア主導でCSTO(安全保障条約機構)の平和維持部隊が派遣されるなど、基本的に中央アジアの国々はロシア寄りに見えます。

 

 ただし、アメリNBCカザフスタンがロシアによるウクライナへの派兵要請を断ったと報じたように、カザフスタンは一線を画す姿勢をとっています。

 また、国内世論も割れており、ロシア系住民やロシア語を話すカザフ人はロシアを支持する傾向が強いものの、カザフ語を話す人々の間ではロシア支持とウクライナ支持が拮抗しているといいます。

 

 経済面では、ロシアの技術者や企業家が中央アジア諸国に流出する傾向もあり、VISAとマスターカードがロシアでの事業を停止したことを受けて、ロシア人がウズベキスタンなどでこれらのカードを作るためのツアーというのもあるそうです。

 ただし、ロシアに行っていた労働移民が職を失う可能性もあり、今後に大きな影響が出てくる可能性もあります。

 

 ロシアの弱体化は、中央アジア諸国がアフガニスタンにどう対応するかというトトなどにも響いてきます。ロシアが弱体化した分、中国に頼るのか、あるいは他の国との協力体制を築いていくのか、今後の問題となることが予想されます。

 

池内恵「ロシア・ウクライナ戦争をめぐる中東諸国の外交」

 

 今回のロシアによるウクライナ侵攻では、2月25日の国連安保理でのロシア非難決議に対してUAEが中国・インドとともに棄権し、イスラエルアメリカとはやや距離をとった外交を進めています。

 「親米」であるはずのこれらの国がなぜ今回は距離をとっているのかというのが本論考のポイントです。

 

 本書では、トルコ、イスラエルサウジアラビアUAEといった国々をとり上げています。

 まず、トルコはロシアとウクライナを独自に仲介しようとし、スウェーデンフィンランドNATO加盟問題では反対の姿勢も見せたりと、この事態を利用して存在感を発揮しようとしています。

 イスラエルにおいて複雑なのは、ソ連崩壊後にロシアとウクライナから多くのユダヤ人の移民を受け入れている点です。また、現在イスラエルは連立政権であり、そこも中立的な政策を採用させる要因になっています。

 サウジとUAEについても石油価格の問題で、ロシアとのOPECプラスを通じた協調が必要との立場があります。

 

 また、アメリカの「中東離れ」が明らかになりつつある中で、アメリカからの安全保障に関するコミットメントを勝ち取りたいという考えが、「親米中立」とも言うべき現在のスタンスにつながっているといいます。

 また、人権や民主主義といった価値を共有していない中東諸国にとって、世界の多極化は魅力的に映るものでもあり、それも中立的な姿勢を引き出す背景となっています。

 

 このように、どれも読み応えのある論考で、「ウクライナと「ポスト・プライマシー」時代のアメリカによる現状防衛」だけがやや長いものの、他は手軽に読める短さです。

 「ウクライナ戦争と世界のゆくえ」というタイトルですが、「ウクライナ戦争」そのものよりも「世界のゆくえ」に重点が置かれており、そして、今後の「世界のゆくえ」を考える上で非常に有益な本です。