周燕飛『貧困専業主婦』

 表紙裏には「100グラム58円の豚肉をまとめ買いするためい自転車で30分走る」、「月100円の幼稚園のPTA会費をしぶる」などと書いてあり、タイトルからしても最近流行りの「貧困ルポ」の一種かと思う人もいるかも知れませんが、そうではありません。

 中国生まれの女性で、労働経済学や社会保障論などを専門とする労働政策研究・研修機構(JILPT)の主任研究員でもある著者が、JILPTの行った大規模調査などをもとにして現在の日本における専業主婦の以外な姿を明らかにした本になります。

 

 以前は「高収入男性の妻ほど就業率が低い」というダグラス・有沢の法則が知られていましたが、近年では、世帯収入が低いにもかかわらず専業主婦、あるいはもっとも高収入の世帯では専業主婦が少なくなるという現象が見られます(44p図2−3参照)。

 本書はこうした実態を明らかにしつつ、その理由と問題点、さらには対処法を探っています。この「専業主婦になる/ならない」というのは非常にデリケートな問題ですが、著者が専業主婦がほとんどいない中国社会で育ったということもあって、かなりドライに分析を進めています。そして、それがかえってこの問題のデリケートさを浮き彫りにするようなところもあって、そこが面白いと思います。

 

 まず、本書が書かれるきっかけは2011年にJILPTが行った「子育て世帯全国調査」の結果です。そこでは世帯所得が全世帯の所得の中央値の半分に達していない貧困世帯の割合(貧困率)が、共働き世帯の9%に対して専業主婦世帯が12%と上回っていたのです。ここからは余裕があるから妻が専業主婦になっているというわけではない実態がうかがえます。

 

 夫が雇用者である世帯に占める専業主婦世帯の割合は1980年から28ポイント下がって37%となっており、共働き世帯が増加していますが、それでも「専業主婦モデル」は根強くあります。

 家事と子育ての傍らでパートなどをする主婦を「準専業主婦」とすると、全体の63%を占め、6歳未満の子どものいる家庭では、専業主婦が51%、準専業主婦が23%となっており、キャリア主婦は4人に1人程度なのです(38p)。

 また、2014年時点4歳児と5歳児の幼稚園在籍率はそれぞれ51%と54%であり、半分以上の子どもは保育園ではなく幼稚園に通っているのです。

 

 しかし、バブル崩壊以降、男性の稼ぐ力は弱まってきています。現実にはまだ主流ともいえる専業主婦モデルですが、経済的には成り立ちにくくなっているのです。

 子育て世代に限れば、専業主婦率が最も高いのは世帯収入が最も低い階層であり、専業主婦率が最も低いのは世帯収入が最も高い階層です。さらに階層を10に分けた場合上から4つの階層で専業主婦率が低くなっています(47p図2−4参照)。もはや夫の稼ぎだけで高収入を得るのは難しいのです。

 

 本書のもととなった「子育て世帯全国調査」には自由記述欄があり、この本ではそうした声も紹介されています。

 36歳で1歳の孫がいる(!)という驚きのケースなどもありますが、専業主婦の中には自身や子どもの病気のために就労できないケース、待機児童の問題、そもそも保育園に子どもを預けること自体を考えたことがなかったというケースなどがあります(第3章参照)。

 

 そして、貧困は子どもにも影響を与えます。「食料を買えないことがあったかどうか」、「子どもの健康状態」、「育児放棄」などにおいて、貧困世帯は問題を抱えていることがわかります(74〜77p表4−1、4−2、4−3参照)。

 また、塾や習い事などにも格差があり、それが学力にもある程度反映されています。

 

 ただし、女性が専業主婦を選ぶ理由の最も大きなものは「子どものため」です。専業主婦の62.3%が「仮に自分が就業したら子どものしつけが行き届かなくなる」と考えています(94p図5−1参照)。

 多くの女性はいずれ働きたいと考えていますが、そのタイミングは子どもが6歳になった頃であり、そうなると希望する条件の職が見つからないという問題も出てきます。特に35歳以上の高齢出産だとこの傾向が強く(102p図5−5参照)、また、高学歴の女性ほど適職を見つけにくくなっています(104p図5−6参照)。

 このため、仕事を辞めたことを後悔する女性も多いです。ただし、全体で見ると「後悔している者は約4割、後悔していない物は約6割」(111p)といった状況で、皆が専業主婦になったことを後悔しているわけではありません。

 

 橘玲の本に『専業主婦は2億円損をする』というものがありますが、著者が計算したところ大卒に限れば、ずっと正社員だった場合に比べてそのくらいの差がつきます(109p図5−2参照)。

 このようなことから経済的にみれば専業主婦は支持されないのですが、実は日本では働く女性よりも専業主婦の方が「幸福」だと感じている割合が高いです。たとえ、世帯収入が500万円未満の世帯であっても専業主婦は働く女性より高幸福度の割合が高いのです( 500万未満の世帯の専業主婦の高幸福度が60.3%、働く女性は53.6%(117p図6−1参照)。

 世界59カ国の調査では専業主婦のほうが相対的な幸福度が高い国が35カ国で全体の6割、日本はニュージーランドに次いで専業主婦の相対的な幸福度が高い国となります(119p)。

 

  また、日米中韓の4カ国の分析では、中国人とアメリカ人の幸福度は本人の収入に依存しているのに対して、日本と韓国は世帯収入に依存しているといいます。

 さらに日本の働く女性世帯では夫の収入と本人の幸福度が比例しているのに対して、専業主婦世帯ではそれほど大きな差がありません(125p図6−3参照)。専業主婦の幸福度は子どもと一緒に過ごす時間や子どもの健康などと関係しており、やはり子育てが幸福度と関わっていることがうかがえます。

 実際、専業主婦でいる理由を尋ねたところ、「子育て」が理由の1位となっており(134p表7−1参照)、多くの人は自らの決断によって専業主婦になっていることがわかります。

 

  しかし、著者は疑義を呈します。例えば、「幸福である」と答えた専業主婦の中には抑うつ傾向の高い人もいて、この「幸福」が虚像である可能性もあります。特に貧困世帯では専業主婦の抑うつ傾向は高いです(138p表7−2参照)。

 また、待機児童の問題が働くことへの「あきらめ」を生んでいる可能性もあります。

 さらに、離婚がしにくい国ほど女性の就業率が低い(専業主婦率が高い)といったデータも紹介されています(165p図8−2)。

 

 この本の面白さ(人によっては抵抗を感じる部分)は、こうしたことを踏まえ、専業主婦を選ぶことは一種の非合理であり、リチャード・セイラーやキャス・サンスティーンの唱えるナッジ(人の選択を誘導するためのしくみ)を使って、就業継続へと誘導すべきだと主張している点です。

 著者の生まれた中国では「夫婦別居や子どもと離別をしてでも、中国人女性は自分の学業やキャリアを優先する傾向があり」(122p)ます。それもあって「仕事か?子育てか?」という難しい問題に対して、「長期的な損得をみれば仕事を取るべきだ」と明快に言ってみせ、就業の継続を妨げるさまざまな要素を取り除こうと主張するのです。

 

 このような割り切りに対して反発を感じる人もいるでしょうが、この割り切りから見えてくる「価値の問題」というのもあります。

 確かに日本の主婦は子育てにしろ家事にしろかなり高い水準のものを求められており、そうした「過剰」な要求をなくして(あるいは主婦自身があきらめて)、金銭的な価値を追求すべきだという考えはあるでしょう。

 一方、あまりに市場価値的なものを重視すれば「子育て」の質が下がり、家族や社会の中でも問題が起きてくるかもしれません。もちろん、こうした問題に関しては公的部門が対処すべきだという声もあるでしょうが、現在の日本の貧弱な公的部門の有り様をみれば、現在主婦が担っている機能を公的部門が肩代わりできるとも思えません。自分の子どものことも含めて「自己利益」を考えれば、専業主婦という選択が「非合理」だとも言い難いでしょう(もちろん、夫も妻もパート的に仕事をして子育てを二人でするというオランダ的な選択肢もありえるけど)。

 

 専業主婦の実態を明らかにした本としても興味深いですが、著者が明快な立場をとっていることによって、日本の社会や家族に関する価値観をいろいろと考えされられる内容となっており、そこも面白いです。

 

 

 

クリストファー・R・ブラウニング『増補 普通の人びと』

 ナチ・ドイツによるユダヤ人の虐殺について、多くの人はアウシュビッツ−ビルケナウに代表される絶滅収容所による殺害という印象が強いと思います。

 そこでは、工場における分業のような形で毒ガスによる虐殺が行われ、多くのドイツ人が自らの職務を果たすことで虐殺が完成しました。アレントはそうした官僚的な虐殺者としてアイヒマンを描き出し、それに「悪の陳腐さ」という言葉を与えました(実はアイヒマンは筋金入りの反ユダヤ主義者が法廷での「平凡さ」は演技だった可能性が高い。野口雅弘『忖度と官僚制の政治学』参照)。

 

 しかし、ユダヤ人の虐殺はガス室のみで行われたのではありません。ホロコーストの犠牲者およそ600万人のうち、20〜25%が射殺によるものであり、20%と考えてもおよそ120万人と相当な数を占めています。

 こうした射殺を行った部隊としてラインハルト・ハイドリヒ率いる特別行動部隊(アインザッツグルッペン)が有名ですが、他にも警察大隊などがこの任務に関わっており、本書がとり上げている第101警察大隊もそうした部隊の1つです。

 

 戦場のおいては様々な残虐行為が起こります。「兵士たちは暴力に慣れ、人命を奪うことに無感覚になり、味方の死傷者に憤慨し、陰険で見たところ怪物のような敵の頑強さに苛立っていたから、時々感情を爆発させ、またときには、最初の機会に敵に復讐しようと残忍な決意を固めた」(260p)からです。

 しかし、本書がとり上げている第101警察大隊は多くの隊員が戦闘を経験していませんでしたし、生死を賭けた敵に遭遇したこともありませんでした。それでも、彼らは少なくとも38000人を殺害し、45200人のユダヤ人を絶滅収容所へと送りました。

 「普通の人びと」であったはずの彼らになぜこのような行為が可能だったのか? というのが本書のテーマになります。

 

 実はこの第101警察大隊は非常に興味深い存在です。この部隊に関しては1960年代に司法尋問が行われており、500人弱の隊員のうち210名の調書があり、著者はこの中の125名分の調書を詳細に分析しています。

 この大隊はハンブルクからポーランドへ送られており、大部分はハンブルク出身者で、それに周辺地域やルクセンブルク人が少数混じっていました。

 隊長はヴィルヘルム・トラップ少佐・彼は50代で第一次世界大戦に従軍経験があり、勲章を授けられたこともありました。

 その他の下士官に関してはナチ党員もいましたが、隊員の大部分は労働者階級の出身で、平均年齢は39歳と、軍務につくには年を取りすぎていると思われる人びとでした。世代的にいってナチによる教育の影響を強く受けたとは言い難い世代です。

 

 さらに興味深いのは1942年の7月にポーランドのユゼフフ村において、この部隊に最初のユダヤ人射殺の命令(働くことのできる男性は強制収容所に送り、残った女性、子供、老人はその場で射殺)が上から下った時に、隊長のトラップ少佐は目に涙を浮かべ、「隊員のうち年配の者で、与えられた任務に耐えられそうにないものは、任務から外れてもよい」(26p)と言ったのです。

 このような中で、小隊長のブッフマン(裁判の記録を利用した関係で仮名となっている)もそうした行動には参加したくないと訴え、護送の任務に回され、さらに10〜12人の隊員がトラップ少佐の呼びかけに応じる形で任務から外れました。

 つまり、どうしてもユダヤ人の射殺を行いたくない者については、それを拒否する機会があったのです。

 

 それでも、隊員の多くはうつ伏せにされたユダヤ人たちを背後からライフル銃で撃っていきました。途中、この仕事には耐えられないと何人かの隊員が抜けました。その一人は次のように語っています。

 射殺は私にとってひどく嫌悪感を催すものでしたから、私は四番目の男を撃ち損じてしまいました。私はもはや、正確に狙いをつけることができなくなっていたのです。私は突然吐き気を催し、射殺場から逃げ出しました。いや、これは正確な言い方ではなかったようです。私は、もはや正確に狙いをできなかったのではなく、むしろ四番目にはわざと撃ち損じたのです。私は森のなかに逃げ込み、胃液を吐き出し、木にもたれて坐り込んでしましました。(122p) 

 

 また、強引としか言えない合理化を行う隊員もいました。

 私は努力し、子供たちだけは撃てるようになったのです。母親たちは自分の子供の手を引いていました。そこで私の隣の男が母親を撃ち、私が彼女の子供を撃ったのです。なぜなら私は、母親がいなければ結局その子供も生きてはゆけないのだと、自分で自分を納得させたからです。いうなら、母親なしに生きてゆけない子供たちを苦しみから解放(release)することは、私の良心に適うことだと思われたのです。(128−129p)

 

 しかし、結局ユゼフフの村では少なく見積もっても1500人のユダヤ人が射殺されたと考えられています。多くの隊員にとって気の進まない任務でしたが、彼らはやり遂げました。その後も彼らはユダヤ人を射殺し、あるいは貨物列車に詰め込んで絶滅収容所へと送っています。

 絶滅収容所へとユダヤ人を送る任務を行った隊員の一人は「彼らはひどくやつれはて、すでに半ば餓死しているように見えました」(181p)という証言を残しています。

 

 こうした隊員の行動に対して、「当時のドイツ人はナチの反ユダヤ主義イデオロギーに染まっていたからだ」という見方もあるかもしれません。事実、本書と同じ第101警察大隊をとり上げたゴールドハーゲン『ヒトラーの自発的死刑執行人たち』では、そうした見方がとられています。

 しかし、50ページ以上の「あとがき」で著者が詳細に反論しているように、ゴールドハーゲンの議論は乱暴であり、人びとを虐殺行為へと向かわせた理由を説明しているとは思えません。

 

 著者は500人近い隊員のうち、最初に任務から外れることを申し出た者が12人ほどだったことについて、急な命令でじっくりと考える時間がなかったこととともに、次のような心理状態を指摘してます。

 大量虐殺について考察する上で、時間の欠如と同じくらい重要なことは、順応への圧力であった。 ー それは軍服を着た兵士と僚友との根本的な一体感であり、一歩前に出ることによって集団から自分が切り離されたくないという強い衝動である。大隊は最近になって兵力を定員にまで満たしたところであったので、隊員の多くはお互いをよく知らなかった。戦友の絆はまだ充分に強められていなかったのである。にもかかわらず、あの朝ユゼフフで一歩前に出ることは、戦友を置き去りにすることを意味した。そして同時に、自分が「あまりに軟弱」ないし「臆病」であることを認めることを意味した。一人の警官が強調したように、誰が、結集した軍団の前で、「あえて面子を失う」ようなことをできたろうか。(126-127p)

 

 隊員の中にはサディズム的な資質を発揮して虐殺に加担した者もいましたが、多くはこのように、気は進まないが仲間から外れることを恐れて虐殺に加担しました。

 本書の最後に置かれた「普通の人びと」という章では、スタンフォードでのフィリップ・ジンバルドーの監獄実験を引き合いに出しながら、こうした心理が分析されていいます。この実験では看守役となったメンバーのうち約1/3が新しいタイプの嫌がらせを発明して冷酷に振る舞い、残りの多くが規則に従って囚人を虐待し、20%以下の小グループが囚人にバツを与えなかったといいます。

 第101警察大隊においても、「ユダヤ人狩り」に志願し、熱狂的な殺戮者となったた隊員、命じられると射殺を行うが自らはその機会を求めない多数派、射殺を忌避したり拒否した小グループに分かれました。

 第101警察大隊の行動はある種の普遍的な集団心理でも説明できるのです。

 

 さらに虐殺が親衛隊に訓練されたソビエト領土内の外人部隊であるトラヴニキと共同で行われるようになると、第101警察大隊の隊員の負担は軽くなりました。銃殺などの汚れ仕事はトラヴニキに回されたからです。

 さらにアルコールが彼らを助けました。アルコールを飲まない警官の一人は次のように証言しています。

他の戦友のほとんどは、大勢のユダヤ人を射殺したからがぶ飲みしたのです。というのは、こうした生活は素面ではまったく耐えられないものだったからです。(143p)

 

 そして、何度もユダヤ人の射殺を繰り返すに連れ、隊員たちの感覚も鈍っていきます。警官の一人は次のようなおぞましいジョークを紹介しています。

 昼食のテーブルについていたとき、幾人かの戦友が作戦中してきたことについてジョークを飛ばしていました。彼らの話から、私は彼らが作戦を終了してきたばかりだと推測できました。私は特にひどい話だなと思い出すのですが、隊員の一人が、俺達は今「殺されたユダヤ人の頭」を食べているんだぜと言ったのです。(210p)

 

 こうした雰囲気になると、小規模の射殺やユダヤ人狩りにおいて志願者を募るのは容易でした。そして、射殺に抵抗を覚えるものは指揮官から物理的に離れた位置にいることによってこうした任務から逃れたのです。

 

 その後、ドイツの形勢が不利になるに連れ、第101警察大隊の任務もパルチザンとの戦いなどへと変化し、多くの者は敗戦とともにドイツへと戻りました。

 隊長のトラップ少佐はポーランド人殺害の嫌疑で訴追されて死刑判決を受けましたが、多くの隊員はハンブルクでそれぞれの職業へと戻り、60年代になって司法尋問の対象となり、何人かが有罪判決を受けました。

 

 最後の方で著者は隊員たちの心理について次のように述べています。

 列を乱すことによって、撃たない隊員は「汚れ仕事」を彼らの戦友に委ねることになったということである。個々人はユダヤ人を撃つ命令を受けなかったとしても、大隊としては撃たねばならなかったのだから、射殺を拒絶することは、組織として為さねばならない不快な義務の持ち分を拒絶することだったのである。それは結果的に、仲間に対して自己中心的な行動をとることを意味した。撃たなかった者たちは、孤立、拒絶、追放の危険を冒すことにあった ー 非順応者は、堅固に組織された部隊のなかで、きわめて不快な生活を送る覚悟をしなければならなかったのである。しかも部隊は敵意に満ちた住民に取り囲まれた外国に駐留しているのだから、個々人には、支持や社会的関係を求めて帰るところはなかった。(297p)

 

 このように、まさに「普通の人びと」がいかにしてユダヤ人の虐殺を実行するに至ったのかを明らかにしたのがこの本です。心理過程を明らかにするだけでなく、実際の虐殺の様子も再現しようとしていますので、ユダヤ人がポーランドにおいてどのように殺されていったのかを知ることも出来ます。

 

 この本を読むと、ホロコーストという近代以降もっともおぞましいと思われる出来事の一翼が、まさにタイトルにある「普通の人びと」の上述のようなよくある集団心理によって担われていたことがわかります。

 この本の中には、ユダヤ人の射殺という任務に嫌悪感を持っている人物も登場しますし、心理的な負担を感じている者もいます。ただ、それでも第101警察大隊が他の警察大隊、例えば、ナチ化された若者を中心に徹底的な教化と訓練を受けた300番代の警察大隊に劣らない数のユダヤ人を殺害しているという事実(370p参照)はには恐ろしいものがあります。

 ユダヤ人の虐殺について考えるだけでなく、人間の集団心理を正しく恐れるためにも広く読まれるべき本だと思います。

 

 

ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』

 『世界の中心で愛を叫んだけもの』、『死の鳥』などの作品で知られるハーラン・エリスンの非SF作品を集めた短編集。

 収録作品は以下の通り。

第四戒なし
孤独痛
ガキの遊びじゃない
ラジオDJジャッキー
ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない
クールに行こう
ジルチの女
人殺しになった少年
盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!
パンキーとイェール大出の男たち
教訓を呪い、知識を称える

 

 国書刊行会の<未来の文学>シリーズの1冊となりますが、このシリーズっぽい作品は、ちょっとサイコホラーっぽさのある冒頭の「第四戒なし」くらいでしょうか。

 他は基本的に想像力が発揮されたというよりは現実を描いた作品であり、SFを期待する人は肩透かしを食うかもしれません。

 

 ただし、エリスンの作品を期待した人ならば、その期待にはいかんなく答えている作品集となっています。エリスンといえば、なんと言ってもその華麗でかっこいい文体ですが、それはこの作品集でも十二分に発揮されています。

 

 例えば、「クールに行こう」の冒頭は次のように始まります。

 むかしむかし、デリー・メイラーはクールだった。だがそれも過ぎ去ったこと、今じゃあいつが歩くところには、ひょろっとした黒い影ができているだけだった。あいつにとっては、夜ですら静まりかえっていた。頭の中ではブー・ドゥーという音も鳴り響いていなかった。すっかり野暮ったくなって、襟を立てていたんだ。

 男のクールさはどうやったら吹っ飛ぶか?

 それに必要なのは、細かいことがたくさん揃ったコンポ。たとえば、瞳がとびっきり緑色で剃刀のように細く、ちっちゃなガキが「おねえちゃん、中国人?」とたずねそうな女のようなもんかな。(177p)

  この饒舌さがエリスンであり、こういったかっこいい饒舌というのはここ最近の文学作品ではなかなか見られないものですよね。

 ちなみに、この「クールに行こう」と「ラジオDJジャッキー」はジャズをテーマとした小説で、饒舌な語りを続けながらもオチも決まっています。

 

 そんな中で一番読ませるのが「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」。解説で若島正アメリカの三大堕胎小説としてドライザー『アメリカの悲劇』、バース『旅路の果て』、ブローティガン『愛のゆくえ』をあげ、本作はそれに匹敵する出来だと述べていますが、その評価も納得です。

 ここで描かれるのは、中絶がまだ合法化される前のアメリカにおいて、世間知らずの女の堕胎の世話をすることになった男のはないですが、

 この国では、すぐに思いつくどんな犯罪よりも凶悪で、しかも処罰されないのが一つある。それは他人の話を真に受けるという犯罪だ。(109p)

 とのこの言葉に見られるような上から目線の苛立ちが、堕胎手術を通して変化していくさまを見事に語っています。

 

 他にも「堕落」としかいいようなのない様をとことんまで描き出しつつ、でも結局自分(作者)も堕落しているのでは? と感じさせるような構成になっている「パンキーとイェール大出の男たち」も上手いですね。

 文体を自在に操るエリスンの芸を楽しむ作品集であると同時に、作家としてのエリスンの孤独やモチベーションのようなものも感じられる作品集ですね。

 

 

Big Thief / U.F.O.F.

 インディーフォーク界の注目バンドで、この3rdアルバムは名門の4ADからリリースされています。

 アルバムを聞くのは今回が初めてでしたが、確かにこれは良いアルバム。この手のインディーフォークのアルバムはどうしても途中でだれてしまいやすいのですが、まずはボーカルの女性、エイドリアン・レンカーの声がいい。普通の歌い方から、4曲目の"From"でちらっと見せる力強さ、11曲目の"Jenni"で聴かせるようなやや幻想的な感じまで非常に表現力があります。

 あとはギターも良いです。1曲目の"Contact"ではいきなり、静寂を破るような形で強い音を聴かせ、他の曲でも派手さはないもののメリハリがあります。

 そして、やはり曲のメロディもなかなか良い。強いインパクトがあるわけではないですが、どの曲も非常に聴きやすく、耳に残ります。

  大好きなジャンルというわけではありませんが、これは良いアルバムだと思います。

 

 


Big Thief - UFOF (Official Audio)

 

 

北岡伸一『世界地図を読み直す』

 副題が「協力と均衡の地政学」となっているので、著者流の国際情勢分析かと思いましたが、内容としてはJICA(国際協力機構)の理事長としての仕事をまとめたエッセイとなっています。

 ただし、著者は政治学者でありながら日本の国連次席大使も務めたことがあり、さらに安保法制懇の座長代理として安保法制に関する議論を取りまとめるなど、政治色の強い人物でもあります。

 この本を読むと、そうした現在の官邸に近い外交方針と、著者の個人的な関心が垣間見えて、そのあたりにもこの本の面白さはあります。

 また、以下に示す目次からもわかるように、途上国を中心に本当にいろいろな国を訪れており、まさに「大国抜きの世界地図」といった趣になっています。

 

 目次は以下の通り。

序章 自由で開かれたインド太平洋構想――日本の生命線

第1章 ロシアとその隣国たち――独立心と思慮深さを学ぶ
ジョージアアルメニアウクライナ、トルコ、フィンランドバルト三国

第2章 フロンティアとしてのアフリカ――中国の影と向き合う
ウガンダアルジェリア南スーダン、エジプト、ザンビアマラウイ

第3章 遠くて近い中南米――絆を強化するために
ブラジル、コロンビア

第4章 「海洋の自由」と南太平洋――親密な関係を維持できるか
パプア・ニューギニア、フィジーサモア

第5章 揺れるアジア――独裁と民主主義の狭間で
ミャンマーベトナム東ティモールタジキスタン

終章 世界地図の中を生きる日本人

 

 第1章ではロシアの周辺諸国がとり上げられています。基本的にロシアという大国に圧迫を受けた歴史がある、あるいは現在進行系で圧迫を受けている国ですが、だからこそ自国のアイデンティティを大切にしています。

 著者はひるがえって日本はどうかと問いかけます。

 もし、日本人が世界へ離散するようなことがあったらアイデンティティの核となるものはなんだろう? と問い、「日本語」と「皇室」をその候補としてあげ、皇室改革の必要性を訴えています(46p)。

 最後に日ロ関係を論じていますが、北方領土問題に関しては「経済力をテコに領土問題を解決するのは、なかなか難しいだろう」(85p)と見ています。そして次のように締めくくっています。

 将来、ロシアにとって真に重要な問題は、ロシアの人口がさらに減る中で、中国の圧力にどう対応するかということである。中国のジュニア・パートナーとなる道を選ぶのか、それとも拒むのか、難しい時期がもうすぐ来るだろう。その時、日本は重要なパートナーたりうる国である。その時まで、焦らず距離を置きつつ、つきあうのがよいように思う。(85p)

 

 第2章はアフリカ。ここではウガンダに逃れてきた南スーダンからの難民への職業訓練や米作の普及などの支援や、エジプトでの日本式小学校の話が興味深いですね。エジプトのエルシーシ(シシ)大統領は、規律ある行動を非常に重視しており、日本人の規律ある行動の秘訣として小学校教育を見ているそうです。

 マラウイ訪問についての文章には、RCT(ランダム化比較試験)が全盛となっている欧米の援助に対する、日本独自の「国際協力」のあり方が次のように書かれています。

 水も電気もないところで日本人が活躍している。彼らにとって、それは人生で大きな経験になるだろうし、また現地の人が日本人は立派だと思ってくれる。それで十分ナノではないだろうか。日本では援助といわず、協力という。それは相手の立場に立って貢献しようということである。それだけでなく、協力によって、こちらにも得るところが多いということなのだろう。(119p)

 あと、ここでは従軍慰安婦の話や南スーダンPKOについても触れており、このあたりは著者の政治的立場が出ている部分と言えるでしょう。

 

 第3章は中南米。とり上げられているのはブラジルとコロンビアですが、JICAはもともと日本人の移民を支援する組織だったこともあって、日系人の活躍などが触れられています。

 ただし、現在の日本政府と日系人やその関係者とのつながりは必ずしも強いものとは言えず、著者はそうした人のつながりに課題を見ています。

 

 第4章は南太平洋の国々。パプアニューギニア、フィジーサモアといった国がとり上げられています。

 ただし、パプアニューギニアに関してはほぼ今村均の話で、著者の日本陸軍の研究者としての側面が前面に出てきています。

 フィジーサモアについては温暖化の問題などに触れられていますが、重点的に語られているのは中国の進出と「海洋の自由」の話です。

 

 第5章は「揺れるアジア」というタイトルで、ミャンマーベトナム東ティモールタジキスタンがとり上げられています。

 ミャンマーの部分では、新潟の国際大学ミャンマーの軍籍をもっている行政官を受け入れていることに対する批判について触れ、次のように述べています。

 ミャンマーの学生はとても先生を尊敬している。軍人はとても優秀である。彼らを日本に招かなければ、かれらはたとえば中国で勉強するだろう。日本にとってどちらがよいか、自明ではないだろうか。(162p)

 さらにアウン・サン・スー・チーと会談した際には、「私は、日本におけるかつての民主党政権が功を焦って失敗したことにふれ、慎重に進められることを期待すると述べた」(167−168p)とのことです。

 

 ベトナムの部分では、ベトナムにおける法整備への支援と、明治日本でのボアソナードの業績が重ねられる形絵論じられています。

 東ティモールでは現在の国づくりが、明治期の日本の国づくりと重ねられるとともに、ASEANにも太平洋諸島フォーラムにも入っていない東ティモールの不安定な状況が指摘されています。

 

  タジキスタンについての部分では、中央アジアの民族の問題や、タジキスタンの複雑な地形などにふれ、中央アジアにおいて強権的な政治が要請される理由を分析しています。「かつての内戦を知っている人、地理的な統合の困難さを知っている人なら、簡単に独裁を批判できない」(201p)のです。

 

 終章では、まず、2017年に行われたUHC(Universal Health Coverage)フォーラムと、2018年のダボス会議に参加した時の様子が語られています。このような国際会議でが何が話され、どんな意義があるのかということが見えるようになっており、面白いと思います。また、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がいずれの会議でも存在感を示しており、こうした大金持ちの動きが国際政治にどのような影響を与えていくのかという部分は興味深いです。

 あとは、中曽根康弘が行った1950年の世界一周と、高校に積極的に留学生を受け入れるなど独自の地域活性化をはかっている島根県隠岐の島の海士町のことが語られています。

 

 このようにこの本は、まずJICAの理事長としての活動の記録であり、JICAの理事長として訪れた発展途上国から見た国際情勢を語る本でもあります。そこがいわゆる大国の動きを中心に世界を語る「地政学」とは一線を画しているところでしょう。

 同時にこの本には、「学者」としての北岡伸一と「政治家」としての北岡伸一の2つの側面が現れており、そこも興味深いと思います。

 もちろん、学者が現実の政治にコミットすることに対して批判する向きもあるでしょが、昨今の大学を取り巻く状況を見れば、学問の営みが社会から隔絶した形で行われていくというのも難しいわけで、著者のスタンスに反対の人でも、「学問と政治」を考える上で目を通しておいても良いのではないかと思います。

 

 

『天気の子』

 なかなかいいんじゃないでしょうか。

 さすがにエンタメのとしての完成度は『君の名は。』に劣ると思いますが、新海誠作品で「世界か君」かどちらを選ぶとすれば、「君」の一択であってストーリーの大筋は見えるているんですけど、あのラストは力強い。まさにポスト東日本大震災の想像力だと思います。

 

 『君の名は。』と同じくボーイ・ミーツ・ガールもので、少年は少女を救おうとし、少女は世界を救う力を持っている、このあたりも同じです。

 ただし、都会、田舎の違いはあれど、そこそこ豊かな生活を送っていた瀧と三葉に比べると、今作の二人の帆高と陽菜は、事情はあれども貧しい。そんな貧しさの中でも、帆高と陽菜、さらに陽菜の弟の凪がジャンクフードを囲む食の風景は、本作では幸福の1つのシンボルとして描かれており、不況(雨)の中を生きる若者の幸福の肯定なのではないかと思います。

 こうした、食への注目とか疑似家族とかは『万引き家族』にも通じるテーマで、『君の名が。』にはなかった社会批評的な側面がある映画だと思います。

 

 そして、とにかく主人公の帆高がラストに向けて行動し続けるのも、今までの新海作品との違いかもしれません。

 新海作品は、それこそ『秒速5センチメートル』に見られるような「あり得たかもしれない過去への諦念」のようなものがあるんだけど、今作はそれをしまいこみつつ、最後まで駆け抜けます。

 ただし、それでもこの物語の背景には、より大きな日本人の自然への諦念みたいのがあって、その「諦念」を帆高が「覚悟」に読み替えていくラストが上手い。

 もし、この物語が代々木のビルとその屋上で終わっていたら、「まあまあかな」くらいの感想だったと思うのですが、最後に東日本大震災を経験していないとなかなか思いつかない設定を見せつつ、ラストへ至るのですが、このラストは『君の名は。』と同じようでいて、それよりも力強い。

 『君の名は。』に負けない力を持った映画になっているのではないでしょうか。

 

アンドレアス・ヴィルシング、ベルトルト・コーラー、ウルリヒ・ヴィルヘルム編『ナチズムは再来するのか?』

 AfD(ドイツのための選択肢)の躍進などによって混迷が深まっているドイツ政治ですが、そうなると取り沙汰されるのが、この本のタイトルともなっている「ナチズムの再来」です。

 確かに2017年の総選挙でAfDは一気に94議席を獲得し、既成政党への不満の受け皿となりましたが、2019年の欧州議会選挙においてAfDの得票は11%ほどにとどまり、その勢いは薄れているようにも思われます。

 ただ、それでも「ナチズムの再来」が取り沙汰され、それが世界的な注目を集めるのがドイツという国家の宿命なのでしょう。

 

 本書はそんな声に対して、ドイツの歴史学者政治学者が集まってつくられたものです。もともとドイツのバイエルン放送と『フランクフルター・アルゲマイネ新聞』でメディアミックス的に展開されたエッセイを再構成したもので、20ページ弱の論考が並んでおり、読みやすいボリュームとなっています。

 原題は「ヴァイマル状況? われわれの民主主義にとっての歴史的教訓」で、AfDとナチの類似点をさぐるというよりは、政治、経済などさまざまな状況が、どのていどヴァイマル期と似ていて、どの程度似ていないのか、ということを考察したものとなっています。

 また、後述しますが、訳者の一人の小野寺拓也の「訳者あとがき」も本書の読みどころの1つではないかと思います。

 

 目次は以下の通り。

第1章 〈政治文化〉 理性に訴える(アンドレアス・ヴィルシング)
第2章 〈政党システム〉 敵と友のはざまで(ホルスト・メラー)
第3章 〈メディア〉 政治的言語とメディア(ウーテ・ダニエル)
第4章 〈有権者〉 抵抗の国民政党(ユルゲン・W・ファルタ―)
第5章 〈経済〉 ヴァイマル共和国の真の墓掘人――問題の累積をめぐって(ヴェルナー・プルンペ)
第6章 〈国際環境〉 番人なき秩序――戦間期国際紛争状況と軍事戦略の展開(ヘルフリート・ミュンクラー)
第7章 〈外国からのまなざし〉 不可解なるドイツ(エレーヌ・ミアル=ドラクロワ
おわりに 警戒を怠らないということ(アンドレアス・ヴィルシング)

 

  第1章のテーマは「政治文化」。著者のアンドレアス・ヴィルシングは「ヴァイマル共和国の政治文化の際立った弱点は、社会が多元的であるとこの正統性に対する根深い不信である」(3p)と述べています。

 こうした考えが大連立を志向させ、それが議会制の機能不全に寄与したのです。また、こうした態度の根底には共同体(ゲマインシャフトイデオロギーがあり、この考えは共同体の敵や撹乱者を排除すれば、国民的な統一が実現できるというものでした。

 この、ある種の「敵」を排除できれば社会は良くなるはずだという態度は現代のポピュリズムにも通じるものです。ヒトラーの主張なども今風に言えば「ポスト・真実」と言えるのかもしれません。

 しかし、当然ながらヴァイマル期との違いは大きいです。多元的な民主主義への信頼は揺らいではいません。ただし、同時に著者は見通しが不透明なグローバル化の中で、見通すことが可能な単位である国家に立ち戻ることが魅力的になっているとも指摘しています。

 

 第2章のテーマは「政党システム」。その国にいくつの政党があってどういう力関係になっているかなどを示すものが政党システムです。ヴァイマル期には最大で14の政党が国会に議席をもっていましたが、現在は7つの政党からなる6つの会派であり、まず数からして違いがあります。

 ヴァイマル期の政党の多くは「階級と強く結びついた世界観政党」(20p)であり、階級の縛りにとらわれなかったのはカトリックの中央党とプロテスタントドイツ国家国民党くらいでした。

 こうした状況において政治的妥協は難しく、選挙の際に与党であることがプラスではなくむしろマイナスに働くようになります。そして、議会における合意はますます難しくなっていったのです。

 一方、現在のドイツにおいて代議制民主主義への信頼感は強く、5%条項により極端な主張を持つ小政党の乱立も避けられています。

 個人的には最後のほうにあった次の部分に、「ドイツだなあ」と感じました。

経済的にひどく弱体化していたヴァイマル共和国は、深刻な社会問題から600万人の失業者とその家族を解放することができず、そのことが彼ら彼女らを過激な政党のもとへ走らせることとなった。強い経済力を備えた連邦共和国は、およそ500万人の失業者を抱えた時期も、深刻な財政危機も、比較的うまく乗り切ることができた。したがって、財政健全化は、決してそれ自体が目的なのではなく、むしろ財政的に安定した国家が深刻な経済危機に際して不可欠な社会的緩衝装置となることを可能にするものなのである。(30p)

 

 第3章は「メディア」。著者のウーテ・ダニエルは、1932年に発覚したドイツの東部国境警備に当たっていたナチ党の突撃隊がポーランド軍が攻めてきた際には敵軍とではなく「11月の犯罪者」(第一次大戦末期にドイツ軍を背後から攻撃してドイツを敗北させた左派とユダヤ人)を攻撃することになっていたというヒトラーの命令の扱いから話を始めています。

 これは大きな問題であり、この問題の発覚を受けてほとんどの州政府が突撃隊の禁止を支持しました。ところが、一時は禁止を支持したヒンデンブルクが態度を変えたことで、突撃隊は解体されず、ヒトラーの政権参加への道も閉ざされることはなかったのです。

 こうなった背景の1つに当時のメディア状況があります。この命令の存在は当時の新聞も知っていましたがいわゆるオフレコ扱いで、賠償交渉でのドイツの立場が悪くなるという理由で公開を渋る政府の要請に従う形で各社とも大々的な報道を控えたのです。

 政治家とジャーナリストの距離の近さがこうした新聞の動きの背景にあり、この距離の近さは第一次大戦中の報道統制などによって強化されていました。

 さらにこの時期の新聞の多くは特定の政党と結びついており、その論調が政治家の行動を縛っている側面もありました。

 では、現在はどうかというと、政治家とジャーナリストの関係の近さはいつの時代でもあるものだが、イデオロギー的な分断はヴァイマル期ほどではないと見ています。

 

 第5章は「経済」。結論としては「世界恐慌に対してブリューニングが負うべき責任は小さいし、ブリューニングが犯したとされる誤りから学んだと主張される政策が成功したから、世界金融危機が大した損害をもたらさなかったというべきではない」(83p)との結論ですが、そうなんですかね?

 

 第6章は「国際環境」。ヴァイマル期と現代で一番違うのがこの国際環境と言えるかもしれません。

 第一次大戦後の時代は「西欧的観点から「戦間期」と呼ばれるものは、中東欧・南東欧にとっては、内戦とも国家間戦争ともはっきりしないような戦争が漫然と続く時代」(89p)で、中東欧とバルカン地域は残虐行為の頻発する戦争地帯となっていました。

 戦勝国の新しい国際秩序に対するスタンスも一致せず、戦間期の国際関係は「番人なき秩序」(95p)というべきものでした。

 これに対し、冷戦崩壊後はEUの東欧への拡大が急速になされるなど、この地域の問題に対して一致して対応しようという姿勢がありました。ただし、冷戦時にいたアメリカとソ連という「番人」はいなくなり、「現在のヨーロッパは再び「番人なき秩序」となっている」(96p)とも言えるのです。

 

 第7章は「外国からのまなざし」。経済状況などをみれば現在のドイツとヴァイマル樹のドイツは大違いです。ただし、周囲の国はドイツを歴史的に見て特別な国だと見なす傾向があります。

 したがって、ヴァイマルの再来が目前に迫っているのかどうかという問いは、ひとつのパラドックスを投げかけている。たしかにこの点についてはなんの裏づけもない。けれども、不安の声はしばしばドイツ本国よりもその国外で頻繁にあがってはいないだろうか?(102−103p)

 本来であれば、国外の観察者のほうが客観的にヴァイマル期と現在の異同を認識できそうなのに、そうはなっていないという見立てです。

 こうした見方に対して著者は現在のドイツの民主主義の堅固さと、ドイツの市民社会やメディアが古い民族主義の出現を抑えていると主張し、次のように書いています。

 民主主義に敵対的な諸勢力は20世紀前半の民族(Volk)や国民(Nation)のイメージを受け継ごうとしている。[東欧諸国の]共産主義政権が倒壊してからというもの、そうしたイメージは移行期の社会にとって歓迎すべきアイデンティティの受け皿となった。なぜならそれら諸国は、過去との取り組みや、安全かつポストナショナルな価値規範のヨーロッパで規模での構築といった、西欧的な道を経由してこなかったからである。ここに、「ヴァイマル状況」が裏口から舞い戻ってくるための足場が存在するのだろうか? これはとりわけ東欧でみられるものの、徐々に西欧でもみられるようになるのだろうか?(111−112p)

 

 ここで疑問が浮かぶのですが、この著者(エレーヌ・ミアル=ドラクロワ)の中では旧東独地域はどのような扱いになっているのでしょうか?

 この考えからすると、共産主義の東欧諸国の1つである東ドイツは当然ながら西欧的な道を経由しておらず、20世紀前半の民族(Volk)や国民(Nation)のイメージが復活するのも当然という気がしていきます。 

 そうなると、現在のドイツの危機はヴァイマル期の再来というよりは、現在進行しているハンガリーポーランドにおける民主主義の動揺と重なるものなのかもしれません。

 ここまで読んできて、この本は「東ドイツ」というファクターがほとんど無視されていることがわかりました(正面から取り上げにくい問題だということもわかりますが)。

 

 このように本書はいくつか興味深い部分はあるものの、個人的には肝心な部分を取り逃がしているようにも思えるのですが、実は本書にはもう1つの読みどころがあって、それが訳者の一人の小野寺拓也の「訳者あとがき」です。

 「過去と現在を安易に比較すべきではない」、「歴史から教訓を引き出すべきではない」ということは、歴史学の中でよく言われることです。これに対して小野寺拓也は過去を過去として捉えることの重要性を認めつつも次のように述べています。

 時間の中に自分自身を位置づけていく」という、人間にとって根源的ともいえる営みに対して、「過去は過去、現在とは違う。安易に比較や教訓をいうべきではない」というだけで、(さきに述べた危うさや落とし穴はその通りだとしても)歴史学が社会から求められている役割や機能を果たせるのだろうか。歴史学(とくに外国史研究)が「ある種の選ばれし優秀な少数者向きの外国趣味」で終わってしまっては、多くの人びとの要請に応えることはできないのではないだろうか。(142p)

 

 その点、本書はあえて「比較」を試み、「教訓」を探った本と言えるかもしれません。その試みがどのくらい成功しているかはともかくとして、この「訳者あとがき」には他にもいろいろと重要なことが書いてあり、一読をおすすめします。

 

 ちなみに「歴史学が歴史から教訓を引き出すべきではない」という主張が正しいのかどうかは判断が付きかねますが、「歴史から教訓を引き出すべきではない」という主張は間違っていると思います。もし、この本でも言及されている世界金融危機においてバーナンキ世界恐慌に対するFRBの失敗という「教訓」を引き出していなかったら(もちろんバーナンキの前にミルトン・フリードマンとアンナ・シュウォーツの研究があるわけですが)、私たちはもっと深刻な打撃を受けていたでしょうから。