大庭健『「責任」ってなに?』にみる倫理的な責任の難しさ

 大庭健『「責任」ってなに?』を読了。同じ講談社現代新書の前著『私はどうして私なのか』は、永井均の「独我論」批判に足を取られすぎていまいちだったんだけど、今回の新書では永井均批判は最小限にとどめていて新書としてのまとまりがある。アンスコム流の「原因」と「理由」の区別から、人間同士の呼応関係における責任(「あのとき別に行動できたのではないか?」)を説き起こす議論はそれなりに説得力があります。また、上下関係や同調圧力の強い組織の中で、命令とモラルの狭間に立たされた個人が「自分の役割を果たしただけ」という形で責任逃れをする、「本当の自分」と「立場」を分離させる形での解離的な責任逃れがはびこっているというのもそうなのでしょう。

 そして、この本はさらにそうした理論をもとに国家の戦争責任などの具体的な責任の分析に入ります。いままでの大庭健の本では、こういった大庭健の左翼的立場からなされる発言は、注やあとがきにあって、本文できちんと語られることは少なかったのですが、この本ではそこのところを一歩踏み出しています。
 ただ、そこでの議論の運びにはちょっと納得できないところも多い。まず、集団も個人と同じ責任を負う主体であるとするのですが、この集団の過去の行為についての責任の場合、「あのとき別に行動できたのではないか?」という理論は成り立たなくなってしまうのではないか?つまり、日本の戦争犯罪について、戦争当時生まれていなかった人が「あのとき別に行動できたのではないか?」と自己に問うことは無意味であり、こういった集団の責任についてはまた別の理論が必要なのではないか?
 さらに、自分のやったことのない行為について責任を問われるとき、つまり自分のやっていない過去の戦争犯罪について謝罪を求められるとき、それこそ解離になるのではないか?ということもあります。以前、レストランでウェイターのアルバイトをしていたとき、自分のミスでなくても「立場」として謝ることが数多くありました。人は「立場」によって責任逃れもしますが、同時に「立場」によって謝罪もします。この「立場により謝罪」も立派な謝罪だという立場もあるでしょうが、大庭健はたぶんそう考えないでしょう。
 「人としての想像力があれば…」的な議論もあるのでしょうが、それでは倫理が感受性の問題になってしまいますし、万人を納得させることは難しいと思います。
 (このあたりで個人的には、「日本の三百万の死者を悼むことによって、その哀悼を通じてアジアの二千万人の死者の哀悼、死者への謝罪にいたる」という加藤典洋の『敗戦後論』の議論というのは、そういった解離的な謝罪ではないものを生み出す考えとして、その方法はともかく、傾聴に値する考えだと思います)
 
 あと、この本では永井均独我論を、「解離的無責任を生み出すもの」として捉えていますが(この新書では永井均の名前は出さずにT・ネーゲルを出して批判している)、これにはちょっと疑問があります。確かに「私」と「固有名(例えばネーゲル)」を分割し、偶然的な後者に対してより本質的な「私」を対置するやり方は自己を分割させているようにも見えますが、永井均なんかはルールや価値観の違うすべてのかの世界に当てはまるような「倫理」(これを倫理と言えるかどうかはわかりませんが)を求めているんじゃないでしょうか。つまり、社会的な立場によって解離していくような自己ではなく、すべての可能世界(あらゆる世界)に当てはまるような必然的なものとしての私、そして必然的な「倫理」というものを求めているのであって、俗流の永井主義者はともかく、永井均自身の考えは解離的なものからはほど遠いものでしょう。
 (ただ、個人的に永井均の考えに納得しているわけではない。だいたい「可能世界論」と「すべての可能世界に当てはまる必然的な真理がある」といった考えにはどうも抵抗があって、分析哲学の「可能世界意味論」なんかにもどうも納得できないです。それで同じように永井均独我論にも納得できないところがある。)

 そこに法があれば、法によって責任、そして責任を負う主体を決めることができます。しかし、法を超えた責任、法では掬い取れない責任を考えようとしたとき、その責任と責任を負う主体をどう構成するかということを考えたとき、そう簡単はいかないものがあります。そもそも、「責任」とはあくまで法律用語であり、「倫理」の次元にはなじまないのかもしれません。

* [最近の感想]というカテゴリーになってますが、これは昔のサイトで書いていたものです。興味があれば下のページを見てください。
 http://www.d4.dion.ne.jp/~yamayu/kakonokansou.html

 いろいろ文句も述べましたが大庭健の本は昔かなり読みました。北田暁大の師匠筋の1人でもあるので北田暁大の『責任と正義』なんかが好きな人は、大庭健の『他者とは誰のことか』、『権力とはどんな力か』なんかを読んでみるといいと思います。

「責任」ってなに?
大庭 健
4061498215