ベンジャミン・リベット『マインド・タイム』を読了。これは地味に見えるかもしれないけど、けっこうすごい本。下條信輔が訳していて、「みすず」のアンケートで中井久夫が去年の収穫にあげてたから読んだんだけど、それだけのことはある。
この本でリベットが明らかにしているのは次のこと。
1、意識活動が生じるには最大約0.5秒間の脳の活性化が必要である。それより短期間の刺激では脳は反応するが意識には上らない。
2、しかし、私たちはこのことに気づかずに、遅延した経験が主観的な時間では遡って経験されている。リベットはこれを「時間的に逆行する主観的な遡及」と呼んでいる。
3、私たちの意識を伴う思考はすべて無意識のうちに起動し、無意識が始まったあと、最大0.5秒遅延する。つまり、意志を持った行為であっても実際には無意識のうちに始まっている。
4、では、人間に自由意志がないかというとそうではないらしく、無意識のうちに起動されたプロセスを意識に上った段階で拒否できる。行為が期待されている時点の0.2〜0.1秒前にでも意識的な拒否は可能である。
これらのことをリベットは類推や思考実験ではなく。実験の積み重ねによって示してきます。1〜4もその主張を聞いただけではにわかに信じがたいことですが、リベットは様々な実験を積み重ねてみせることにより、この驚くべき事実を明らかにしてみせるのです。
* 2に関しては少しわかりにくいかもしれませんが、リベットの紹介する次の例え話がわかりやすいです。
あなたは今、市街道路を時速30マイルで車を運転しています。そこへ突然、ボールを追いかけてきた幼い少年が、道からあなたの車の前へ飛び出してきました。あなたはブレーキペダルを踏み込み、音を立てて車を急停止させます。
<中略>
少年とボールへのアウェアネスについては、実際の推定遅延が最大500ミリ秒間であるにもかかわらず、少年が現れてから150ミリ秒足らずの所であなたはブレーキを踏むことが出来ます。この行為はしたがって、アウェアネスなしで無意識に行われています。驚くべきことに、あなたの遅延したはずのアウェアネスは、自動的に、しかし主観的に前に戻る、または時間的に逆行できるため、あなたはすぐに少年を見たと報告することが出来るのです。(105〜106p)
この中でも個人的に特に興味深いのは3と4。これが事実だとすると、「自由意志」というのは一種の拒否権であり、自動的、無意識的な意思と、理性的で意識的な拒否権という、一種、精神分析的とも言える心理過程が示されることになります。
日本だと、この前セクハラで大学をクビになった澤口俊之をはじめとして何でも脳で説明しようとするトンデモ系の人しかいない感じがしますが、このリベットの本はそんなものとは全然違います。ささいな実験に見えるかもしれないけど、はかり知れないほどスリリング。
マインド・タイム 脳と意識の時間
ベンジャミン・リベット 下條 信輔
晩ご飯は豚汁