ポール・オースター『ミスター・ヴァーティゴ』読了

 ポール・オースターと言えば、『ムーン・パレス』にしろ『偶然の音楽』にしろ、リアリズムな小説でいるようで途方もないホラ話に引き込まれていくのがある意味魅力でもあるんだけど、この『ミスター・ヴァーティゴ』も途方もないホラ話の系列に属する小説。
 もっとも、この『ミスター・ヴァーティゴ』は、もともとがウォルトという孤児の少年が謎の男イェフーディ師匠に拾われ空中浮遊の技術を身につけるという一種のファンタジーなんで、ホラ話であることは最初から宣言されているわけだけど、オースターは時代の描写やディティールをあたかもリアリズム小説のように積み上げていくわけで、例えばラファティなんかが描くホラ話とはぜんぜん違う。
 謎の師匠に、ウォルトの世話をしてくれるインディアンの女性、そして大学進学を目指す黒人の少年がつくる疑似家族、そして空飛ぶ修行と、冷静に考えれば童話としてしか読めないような設定で、オースターも童話的なものを狙った部分もあるんだろうけど、なんとなくそれをきちんとした「小説」に感じさせてしまうところがすごいと言えばすごい。
 そして、この本のもう一つ不思議な部分は、イェフーディ師匠の死ぬ第2部で小説を終わりにしないで、第3部・第4部と続け、結局はウォルトが老人になったところまで描いているところ。もし、オースターが新人小説家だったら、たぶん編集者かなんかに切られてしまいそうなこの部分、ここを書くことで、童話を強引に「小説」に引き寄せている感もありです。
 ウォルト少年の飛翔と落下、そして地面を歩く姿までを描いたちょっと奇妙なお話ですね。

ミスター・ヴァーティゴ
ポール オースター Paul Auster 柴田 元幸
4102451099


晩ご飯はカレー