2009年の本

 今年は小説こそ読めたものの、それ以外の本はあまりペースが上がらず。でも、小説は2008年の『砂時計』、『巨匠とマルガリータ』といった傑作クラスを引き当てられなかったのに対して、小説以外のほうがけっこういろんな分野で面白い本を読めたのかも。小説は佳作をたくさん読んだ印象です。

  • 2009年の本・小説

 1位 ロベルト・ボラーニョ『通話』

通話 (EXLIBRIS)通話 (EXLIBRIS)
Roberto Bolano

白水社 2009-06
売り上げランキング : 59412

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 チリ出身の作家ロベルト・ボラーニョの短編集。
 とにかく、いろんな種類の短編が収録されているのですが、個人的にはタランティーノチェーホフ、その全く関連のないような2人のアーティストが、コーマック・マッカーシーあたりのテイストを通して結びついている、それがこのロベルト・ボラーニョの『通話』だと思いました。残念ながらボラーニョは2003年に亡くなっているのですが、<エクス・リブリス>シリーズでは彼の長編の『野生の探偵たち』が刊行予定とのこと。非常に楽しみです。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090622/p1


 2位 マイケル・オンダーチェ『ディビザデロ通り』

ディビザデロ通り (新潮クレスト・ブックス)ディビザデロ通り (新潮クレスト・ブックス)
Michael Ondaatje

新潮社 2009-01
売り上げランキング : 291591

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 読者を生殺しにするような小説ではあるのですが、それでもやはり面白い!
 田舎の農場で暮らすクープとアンナとクレアの兄妹。ところがこの3人に血の繋がりはなく、クープは幼い頃に親を殺され引き取られた少年、そしてアンナは生まれると同時に母を失い、その代わりなのか父親は同じように出産で命を落とした母親の娘・クレアを引き取ります。人里離れた農場での父、クープ、アンナ、クレアの生活はやがて暴力的な破局を迎え、3人はバラバラになります。そして再会するさすらいのギャンブラーとなったクープとクレア。まるでポール・オースターのように大きく展開する話はほんとに読者を引っ張ります。ところが!…。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090209/p1


 3位 チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』

ペルディード・ストリート・ステーション (プラチナ・ファンタジイ)ペルディード・ストリート・ステーション (プラチナ・ファンタジイ)
鈴木康士

早川書房 2009-06-25
売り上げランキング : 20742

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 残半はベスターの『ゴーレム100』の焼き直しみたいのかなーという感じでしたが、後半になってもチャイナ・ミエヴィルの想像力の暴走は止まらない!
 人の精神を食べる怪物スレイク・モスを追うために登場するのは、主人公たちだけではなく、悪魔である地獄の大使に、次元を超越する巨大グモ・ウィーヴァーに、謎の寄生生物を身体に持つ軍団に、生命魔術で改造された改造人間リメイドたちに、さらにはガラクタの中から生まれた人工知能
 文体の面では普通ですが、アイディアの面ではベスターにイーガンとスタージョンル・グィンをぶち込んだ感じです。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090715/p1


 4位 ロイド・ジョーンズ『ミスター・ピップ』

ミスター・ピップ (EXLIBRIS)ミスター・ピップ (EXLIBRIS)
Lloyd Jones

白水社 2009-08
売り上げランキング : 225276

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 ピップとはディケンズの『大いなる遺産』の主人公。パプア・ニューギニアの島での白人の教師と黒人の少女の『大いなる遺産』を通した交流を描いたこの小説は、一人の少女の成長を描いた王道的な小説であると同時に、ポスト・コロニアル的な小説でもあります。
 けれでも、この小説はなんといっても優れた戦争小説。内戦の続く過酷な状況の中、主人公の少女マティルダを支えたのが、村で唯一の白人で学校の先生となったミスター・ワッツと、彼が読み聞かせるディケンズの『大いなる遺産』。 物語の終盤に訪れる悲劇と、戦争を生き残ったマティルダのその後、平易な文章ながら深い感動を与えてくれる小説です。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090821/p1


 5位 ジョー・ホールドマンヘミングウェイごっこ』

ヘミングウェイごっこ (ハヤカワ文庫SF)ヘミングウェイごっこ (ハヤカワ文庫SF)
Joe Haldeman

早川書房 2009-02
売り上げランキング : 380062

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 1922年にパリで失われたヘミングウェイの原稿、その原稿はいまだに見つかっておらず、事件の真相は謎に包まれたままになっている。その失われた原稿を偽造としようとするヘミングウェイオタクで文学部の准教授の主人公ジョンと、それを手伝う詐欺師のキャッスル。
 そんなヘミングウェイの贋作づくりの話は、タイムパラドックスやらお色気満点の騙し合いやら、ベトナムの傷やらを含み、暴走していきます。圧巻は第28章「午後の死」での時間の逆回転のシーン!デヴィッド・フィンチャーかなんかに映像化して欲しい!
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090216/p1


 次点はイスマイル・カダレ『死者の軍隊の将軍』ですかね。あと、桐野夏生の『グロテスク』を今さら読んだけど面白かった!
 今年も海外文学中心でしたが、今年から始まった白水社の<エクス・リブリス>シリーズが健闘したと思います。

  • 2009年の本・小説以外

 それぞれジャンルも違って順位はつけにくいので、順位をつけずに5冊紹介します。

 メアリー・C・ブリントン『失われた場を探して』

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学
玄田 有史(解説)

エヌティティ出版 2008-11-28
売り上げランキング : 18080

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 副題は「ロストジェネレーションの社会学」。「またロスジェネ本か…」と思われる人もいるでしょうが、これは読む価値のある本。分析の深さ、冷静さ、独自性、いずれも高いレベルにあります。
 著者が注目したのが、就職の斡旋もする日本の高校の進路指導部の存在。高校の進路指導の先生への聞き取りと企業の求人データなどをから、著者はこの学校と企業のつながりの変容と消滅を丁寧に示していきます。今までのロスジェネ本だと、ルポタージュ的な告発か、あるいは完全にマクロのデータに依拠したものが多かっただけに、その中間の領域を埋める研究と言えるでしょう。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090124/p1


 小羽俊士『境界性パーソナリティ障害

境界性パーソナリティ障害―疾患の全体像と精神療法の基礎知識境界性パーソナリティ障害―疾患の全体像と精神療法の基礎知識

みすず書房 2009-01-21
売り上げランキング : 269213

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 一般向けに書かれたわかりやすい本(例えば、境界性パーソナリティ障害とは何か?そういった人とはどうつき合えばいいのか?といったことを書いた本)ではないですが、これはいい本だと思います。
 「主観的な体験を漠然ととらえ、漠然としたまま反応し、漠然としたままコミュニケーションしてしまう傾向」があると表現される境界性パーソナリティ障害の患者。著者はそうした患者のさまざまな連想を、つねに患者と治療者の二者関係の中に置き換え、その中で消化しようとしていきます。ここ最近の精神療法に関する本の中でも、なかなかオリジナリティを感じさせる本ですし、境界性パーソナリティ障害の治療において有力な指針を与える本ではないでしょうか。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090226/p1


 ブライアン・カプラン『選挙の経済学』

選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか
長峯 純一

日経BP2009-06-25
売り上げランキング : 53765

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 民主主義において「なぜ間違った政策が選ばれるか?」ということに関しては、今まで有権者がそこまで政治に対してコストをかけていないのに対して、利益集団などの一部の勢力が政治に対して熱心に働きかけているからだ、という説が一般的でした。確かにそれもあるのでしょうが、この本で著者のカプランは「元々有権者には非合理的なバイアスがあるため常に間違った政策が選ばれるのだ」と堂々と(?)主張します。
 カプランによれば、一般の有権者には、「反市場バイアス」、「反外国バイアス」、「雇用創出バイアス」(生産を増やすこと、より安い値段でものを買うことよりも雇用を守ることを重視する)、「悲観的バイアス」(将来を悲観し、今よりも悪かったはずの過去を懐かしむ)の4つの大きなバイアスがあり、そのために合理的な判断が出来ず、選挙では常に愚策が選ばれるとのことです。挑発的な内容ですが説得力あり。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090724/p1


 ジョージ・A・アカロフロバート・シラー『アニマルスピリット』

アニマルスピリットアニマルスピリット
山形 浩生

東洋経済新報社 2009-05-29
売り上げランキング : 1216

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 『投機バブル 根拠なき熱狂』で経済危機を予言していたロバート・シラーと、経済における情報の非対称性の研究でノーベル経済学賞を受賞したアカロフの共著にして、これからの経済学のありかかを指し示す本。そして付け加えるなら読み物としてもかなり面白い本!
 ある意味で、この本は普通の人の価値観というものをうまく経済学に接続した本で、その点で一般の読者にわかりやすいのだと思います。日本では、すぐに「経済学の限界」とか「資本主義の終焉」とかいう人が多くて困ってしまいますが、そういう言説に対する解毒剤にもなる本でしょう。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090817/p1


 中井久夫精神科医がものを書くとき』

精神科医がものを書くとき (ちくま学芸文庫)精神科医がものを書くとき (ちくま学芸文庫)

筑摩書房 2009-04-08
売り上げランキング : 72306

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 解説が斎藤環で、そこで斎藤環は「中井先生はウルトラマンだ。精神医学にウルトラマンが来てくれて本当に幸運だった」という神田橋條治の言葉を引いてその功績をたたえつつ、同時に「わが国の精神医療を『カルト化』から守った」ことをその最大の功績としています。「中井久夫原理主義者」が生まれなかった背景として、斎藤環はその箴言的で体系を目指さない著作のスタイルをあげていますが、この『精神科医がものを書くとき』はその中井久夫の文章の特質をよく表している本と言えるでしょう。とにかく、中井久夫箴言的な知恵の詰まった本です。
 紹介記事 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20090826/p1


 あとはみすず書房から出た笠原嘉『うつ病臨床のエッセンス (笠原嘉臨床論集)』、山下格『誤診のおこるとき』といった復刊というか増補再刊ものが面白かったです。