ダニロ・キシュ『死者の百科事典』読了

 歴史は勝者が書く。伝承は民衆が紡ぎ出す。文学者たちは空想する。確かなものは、死だけである。(119p)

 http://d.hatena.ne.jp/morningrain/20080629/p1で絶賛した『砂時計』の作者、ダニロ・キシュの短編集。収録された9篇の短編はいずれも「死」をめぐる物語で、冒頭に掲げた収録作の一つ「祖国のために死ぬことは名誉」のラストの言葉がこの短編集のテーマといっていいでしょう。
 この本は文学者ダニロ・キシュがさまざまな「死」について空想した物語です。


 9篇の短編の中でも特に良くできているのが表題作でもある「死者の百科事典」。
 あらゆる無名の死者についての記録が収められているというスウェーデンの図書館。そこで主人公は自分の父の記録を収めた本を読むことになります。
 死者についてのあらゆる記録が書かれているというその本には、父の生まれた場所から、父の記憶、父の暮らした街、父の家族、父の生きた時代、父の人生、そして父の最期と葬儀まであらゆることが書かれていると述べられています。もちろん、一冊の本にこれらのことを書き込むことは不可能ですし、この短編で登場するのも、もちろんその一部です。
 ところが、読者にはまさにすべてが書かれているように思えてくる。主人公の父の人生の一コマ一コマの中に、まさしく20世紀のユーゴスラビアというものが見えてくるのです。


 これ以外の収録作は「魔術師シモン」、「死後の栄誉」、「眠れる者たちの伝説」、「未知を映す鏡」、「師匠と弟子の話」、「祖国のために死ぬことは名誉」、「王と愚者の書」、「赤いレーニン切手」。
 すべて語り口を変えた、「死」にまつわる作品です
 この中だと、「未知を映す鏡」が、幻想的なホラーのような題材を扱いながら、奇妙なブラック・ユーモアに満ちた、いかにも東欧的とも言えるような作品で面白いですね。


死者の百科事典 (海外文学セレクション)
Danilo Ki〓@7AAD@s 山崎 佳代子
4488016251