ニール・ゲイマン『アメリカン・ゴッズ』読了

 上下巻で850ページほどのボリュームなので、買う時にちょっと躊躇しましたが、これは面白い!
 オーディン、アヌビス、アナンシ、チェルノボグイースターといったアメリカへの移民とともに新世界アメリカへやってきてそして忘れられていった神々。そのいにしえの神々がインターネットの神、クレジットカードの神、メディアの神といった新しい神々と対決する。そしてそれに巻き込まれる、刑務所帰りで出所直前に妻を失ったシャドウという男。あらすじとしてはこんな無茶苦茶な感じで、実際に荒唐無稽な話なのですが、その荒唐無稽な話の中に「アメリカ」というものを丸ごと書いてしまおうというニール・ゲイマンの意気込みが見える作品です。
 この作品の中にすべてをぶち込むという姿勢はピンチョンを思い起こさせるもので、個人的にはピンチョンの『ヴァインランド』を思い起こしました(実際、この本の中にピンチョンの『重力の虹』の名前が登場しますし)。ニール・ゲイマンはイギリス出身でアメリカで活躍する作家ですが、この本はある意味で正統的なアメリカ文学の流れの中にある作品だと思います。

 「だれひとり、アメリカ人などいない。最初からアメリカ人だった者などいない。それがわたしのいいたいことだ」(上巻・153p)

 これがこの本の中心的なモチーフと言えるもので、歴史の中で、数々の者がさまざまな形で、そしてさまざまな理由で新大陸の土を踏み「アメリカ」というものを形づくってきたということが、アメリカ各地でひっそり暮らす旧世界の神々の姿と、神々の戦争の話の間に挟み込まれたいくつかのエピソードで示されます(著者はネイティブ・アメリカンも大むかしにアジアからやってきた「移民」として捉えています)。
 この挟み込まれたエピソードというものがよくできていて、この小説に厚みと、そして「アメリカ」には「歴史の厚み」のようなものを持たせます。
 しかし、この厚みというのは歴史の中に塗りこめられ、忘れ去られており、人びとは歴史と神々のことを忘れ、新しい神に夢中になっています。

 「神であることはどういうことか、わかってくれ。魔法とは違うんだ。自分は自分なんだが、みんなが信じている自分にならなきゃいけない。凝縮され、信仰をすべて受け入れて、より大きく、よりかっこうよくなって、人間を超えた存在になる。そして純度が高くなるんだ」ロキは少し間をおいた。「だがある日、人間たちに忘れられる。もう信じてもらえず、生け贄もささげてもらえず、気にもとめてもらえなくなる。そして気がつくと、ブロードウェイと四三番ストリートの角で、スリーカードモンテ(トランプを使ってするいんちき賭博)をやっている」(下巻・228ー229p)

 これはいにしえの神に限らず、現代のスターであってもそうでしょう。
 次々と神を生み出し、消費し、捨て去っていくのがアメリカの生み出したシステムだからです。


 この小説の中では、さまざまな詐欺の手法が紹介されていて、それも面白いです。
 そして、その詐欺がきちんと伏線になっているところもなかなかすごい。
 長い小説ですが、けっこうな勢いで読める小説だと思います。


アメリカン・ゴッズ 上
金原 瑞人 野沢 佳織
4047916080


アメリカン・ゴッズ 下
金原 瑞人 野沢 佳織
4047916099