V・J・ターナー『自傷からの回復』

「あのさ。わたしはアルコールやいろんな薬物、たとえばコカインなんかをやる人を見たこともあるし、自分でも全部試したけど、自傷しているときのあんたほどハイになっている人を見たことはないね。気をつけな。いつか心臓麻痺か発作で死んでしまうよ。(28p)

 これはこの本に引用されている、薬物乱用の女性が自傷へ気のある女性に向けていった言葉です。
 ここからもわかるように、この本は自傷を一種の「アディクション」(中毒)と捉え、そこからの回復方法を紹介した本です。
 ただ、この本はたんに「アディクション」の視点から自傷について分析した本というものではありません。この本の著者自身が自傷に苦しんだ過去があり、そこからの自らの回復を綴った本でもあるのです。
 V・J・ターナーという名前は仮名で、著者はハーバード大学で研究にも従事したこともある臨床心理学者の女性。非常に優秀な人なのでしょうが、車の運転中に自傷行為を仕様として危うく大事故を起こしそうになったという過去を持つ女性です。

 
 そんな著者が自傷からの回復のために薦めるのが、アルコール中毒の患者などの治療のために行われている12ステップ・ミーティング。自らアルコールの前では無力なことを認め、仲間とともにアディクションから立ち直ろうとする回のスタイルが自傷の回復のためにも有効だとしています。
 第7章の「あなた自身のスピリチュアルな空虚感と向き合うとき」まで行くと、「スピリチュアル」とか「ハイヤーパワー」といった言葉が頻出して、個人的にはあまり好きではないのですが、アディクションの治療には「自分の無力さを認める」ということが必要であるということを考えると、場合によってはこういう概念も必要なのかもしれません。


 ただ、そういったもの以外にも、自傷者が回復するためのワークシートなど、自傷からの回復のために必要な知識や技法、アドバイスといったものがいろいろと紹介されていて実践的な本と言えるでしょう。
 また、よく言われることでもありますが、次のような視点は非常に重要なものだと思います。

 セラピストがクライエントの抑圧されていたトラウマを、早すぎるタイミングで白日のもとにさらそうとすることは、クライエントにとっては、誰か(本来なら助けてくれるはずのセラピスト)が自分の奥深くに手を伸ばし、バールを使って内蔵をねじり取ろうとしているかのようにすら感じるものだ。アディクションに苦しみ、精神的にまだ弱い状態のクライエントは、このようなセラピストに対して、抵抗し、怒り、逃げだそうとするだろう。支援を惜しまず、真の意味でクライエントの「側にいる」のではなく、問題を「治療して」やろう、助けてやろう、と考えるセラピスト(多くの場合、熱心すぎるセラピスト)のせいで、クライエントの病状がかえって悪化することもあいうるのだ。(154p)


自傷からの回復――隠された傷と向き合うとき
松本俊彦 小国綾子
4622074621