ナリ・ポドリスキイ『猫の町』

 1970年代後半にソ連で書かれた不思議な小説。
 帯に「猫インフルエンザの感染におびえる人間たち」とあり、現在の新型インフルエンザのパニックを予見したような作品のように予想してしまいますが、猫インフルエンザというのはあくまで脇役で、メインとなるのは旧共産圏ならではの不思議な町の情景。
 裏のほうの帯には次のような著者の日本語版への序文が抜粋されていますが、この文が一番この小説の本質を紹介していると思います。

 私が『猫の町』の構想を最初に得たのはクリミア半島黒海沿岸の町チェルノモルスクを訪れたときでした。チェルノモルスクは、スターリン時代に小規模の軍事基地が置かれたとき作られた町、いわゆる閉鎖都市です。私は、町の様子があまりにもけだるくてよどんでいたので、何か不吉で不気味なものが潜んでいるような気がし始めました。…真夜中、街には人っ子一人いませんでした。その代わり、おびただしい数の猫が走り回っていました。ところが、次の日、目覚めてみると、人は街を散策しているのに、猫は一匹も見かけませんでした。まるで人間と猫との間に契約があって、夜は猫が支配し、日中は人が支配している町みたいでした。

 ソ連や旧社会主義国の小説なんかを読むと、そこには匿名の人間(例えば、警察官とか郵便局員)か精神をやられた人しかいなくて妙に冷たくて、人間がいるのに人間が感じられないような印象を受けることがありますが、この本もそう。
 登場人物のほぼすべてが精神異常者のようでもあり、町には「人間」が一人もいないような感覚さえ受けます。
 そんな状況で生まれるのは、いわゆる陰謀論
 町中いたるところにいる猫、町外れの謎のスフィンクス、海(舞台はクリミア半島の町)、そういったものすべてが陰謀を暗示しているようでもあり、登場人物は次第に精神のバランスを失っていきます。
 

 訳はこれが初訳という訳者なので、それほどこなれているとは言えませんし、やや訳のわからないところもある小説ですが、ソ連を覆っていたと考えられる不気味な雰囲気を感じるのにはいい小説です。


猫の町 (群像社ライブラリー)
津和田 美佳
4903619176