「嘘」は時に悲劇を生みます「法螺」が生むのは笑いのみ。そんな「法螺」が詰まっているのが、この『釘食い男』という小説です。
子どもの時に空腹のあまり釘を食ったというエピソードを持つユダヤ人の男マンジュクルー。そして、血縁関係にあるサルチエル、ミハイル、マタティアス、ソロモンの合わせて5人の益荒男と形容されるユダヤ人。ギリシアのケファリニア島に住む彼らは遺産を受け取るためにスイスのジュネーブへと珍道中を繰り広げます。
「嘘をつくこと/ささいなことであっても」と家の掲示板に書き、子どもたちに「みんな、本当のことは言わなかったろうな?」と尋ねる法螺吹きマンジュクルーと、心配性のサルチエルに、小心者のソロモン、彼らが繰り広げるドタバタにマルセイユからはマンジュクルーに匹敵するような法螺吹きシピヨンまで登場して、旅はますます支離滅裂。ジュネーブに到着してからも、さらにジェレミーという舌っ足らずな言葉をしゃべるユダヤ人が登場して、国際連盟を舞台にドタバタ劇はつづきます。
ただ、この本の舞台となっている1930年代の情勢が影を落としてもいます。
ヒトラーが台頭し、国際連盟が無力化していく1930年代、ドタバタの喜劇の中でも、例えばミハエルの次の発言に見られるように、反ユダヤ主義が顔を見せています。
「彼らは戦争をする。一つの戦争が終わるともう一つ別の戦争を用意する。そして彼らは新たな戦争のために借金をする。そして彼らはもう金がないと言って腹を立てる。そこで彼らは我々を棒で打ち据えて自分を慰め、なにもかもうまく行かないのは我々のせいだと言う。彼らの短い人生をおとなしくおくればいいものを、ありったけの意地悪をした挙げ句の果て、死んで行くのだよ」(110p)
また、国際連盟での官僚主義の記述なんかも笑えると同時に、その無力さを徹底的に示しています。
ただ、この小説自体は300ページで実質的には終っています。
全部で379ページあるのですが、マンジュクルーらのドタバタ劇は300ページまで。残りは『選ばれた女』のイントロダクションといってもいいものです。
ですから、僕もそうでしたが『選ばれた女』を読んでいない人には、ちょっとラストが変な感じでしょう。
もともと。『選ばれた女』が長すぎるということで分離して出版されたのが、この『釘食い男』とうことなので、変な構成になっているんですね。
そして、『選ばれた女』はまたぜんぜん違う小説のように見えるけど、どうなんでしょう?
釘食い男
紋田廣子