竹森俊平『中央銀行は闘う』

 身内に不幸があった関係で久々の更新。この本も読みやすい本であるにもかかわらず、読むのにけっこうな日数がかかってしましました。というわけでかっちりとした書評はできないですが、覚えている範囲で印象を。


 竹森俊平の『資本主義は嫌いですか』はリーマンショックの要因やこれからの経済のあり方を分析した本としてかなり面白かったですが、この本はその続編と言うべき本。
 リーマンショック以降の経済危機はアメリカからヨーロッパへと広がり、ギリシャ危機にも見られるように現在ではヨーロッパこそが危機の震源地のような状態になっています。
 著者はこの原因を、そもそものユーロへの通貨統合の仕組みの難しさ、ヨーロッパにおけるリーダーの不在、ドイツの「インフレ・フォビア(恐怖症)」などから解き明かしていきます。
 この中でも特にドイツについての分析は秀逸。ドイツはこの経済危機の最中に、財政赤字を拡大させないための憲法改正を行うなど、マクロ経済的には「非合理」とも言える行動をとっているのですが、これはドイツが第1次大戦後のハイパーインフレとその後のナチスの台頭を経験しているため。
 このあたりは「合理性」だけではなく、「歴史」が政策に大きな影響を与えている訳なのですが、こうした「歴史」の部分を非常にうまく描いています。
 

 この「歴史」についての分析は、世界恐慌を扱った第3章でも冴えており、世界恐慌が1929年のウォール街の株の暴落で始まったのではなく、1931年のオーストリアにおけるグレディート・アンシュタルト銀行の経営破綻に端を発すること、後者の危機には金融政策だけでは有効な手は打てないこと、「ケインズ政策は小国では効かないこと」などが歴史と経済理論をうまく絡めながら説明されています。


 また、長短スプレッドについて扱った第5章以降の議論も面白いです。
 長短スプレッドとは長期金利短期金利の差のことです。ふつう金利はさまざまな不確定要素を抱える長期の金利のほうが短期金利よりも高くなります。金融機関は短期で資金を調達しそれを長期で運用することで、その金利差を大きな収益源としています。
 中央銀行は金融システムがダメージを受けたとき、意図的にこの長期金利短期金利の差である長短スプレッドを作り出すことにより金融機関を儲けさせ、その収益を支援することができます(昨年、リーマンショックでダメージを受けたはずのゴールドマン・サックスなどが空前の利益を上げることができたの実はこのような背景があります)。
 この長短スプレッドに注目すると、住宅バブルの中でグリーンスパン率いるFRBが迅速に金利を引上げなかった理由、日銀が「成長分野」に民間金融機関を通じて融資をするという新貸出制度の真の狙いなどが見えてきます。
 特に日銀の新貸出制度に関しては、「金融緩和をやっているポーズをとるための苦肉の策」くらいにしか思っていませんでしたが、実は露骨な金融機関への支援策でもあったのですね。


 まあ、こんな感じで非常に面白い分析の詰まった本。竹森俊平は文系の人間が読むには最もよい経済学者かもしれません。
 ただ一つ難を言うなら、タイトルと装丁が地味すぎる点。
 『資本主義は嫌いですか』はタイトルも装丁もチャーミングでしたが、今回は両方地味すぎ。これでは、竹森俊平を知っている人しか買わないのではないでしょうか…?


中央銀行は闘う
竹森 俊平
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