ポール・トーディ『ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン』

 去年、同じ<エクス・リブリス>シリーズで出た『イエメンで鮭釣りを』が面白かったポール・トーディの第2作目が登場。
 前作は、「イエメンで鮭釣りをする」という荒唐無稽な話を、手紙や日記やEメールなどさまざまな断片を組み合わせることで見事に語ってみせたトーディですが、今回もその「語り」はちょっと凝っています。


 若くしてIT企業を起ち上げて成功したウィルバーフォース。けれども彼は人付き合いが苦手でましてや恋などとは無縁の人生を送ってきた。そんなウィルバーフォースが、ふとしたきっかけで古城のような建物の地下に巨大なワインセラーを持つフランシス、貴族の御曹司のエド、その友人エック、そしてエドの恋人であるキャサリンと知り合う。
 ウィルバーフォースはその上流階級との交際、キャサリンへの恋、さらにワインに目覚めていくというのがこの物語のストーリー。


 けれども、この小説はこの物語を逆に語っていきます。
 2006年、ウィルバーフォースはすでにアル中で、結婚したキャサリンも失い、金持使い果たし、すべてを失おうとしています。
 物語はこの2006年から始まり、2005、2004、2003年とさかのぼり、ウィルバーフォースがフランシスたちと出会った2002年で終わります。
 まず最初に結末をみせて、そこから過去を語るという小説はよくありますが、この小説のように順番に過去を遡っていくスタイルは珍しい。ちょっと考えればわかると思いますが、伏線の張り方とか、読者をどう引っ張るかとか、このスタイルはかなり難しい問題を抱えます。ところが、トーディはこの作品でその難しいスタイルを見事にこなしてみせています。
 デビュー作の『イエメンで鮭釣りを』でかなり複雑なスタイルをモノにしたトーディ、さすがにうまいですね。


 で、この変わったスタイルによってどんな効果があったかというと、それは一人の男の破滅の話にユーモアと滑稽さが加わったこと。
 アル中の男の破滅話という暗い結末なのですが、それを冒頭に持ってくることによって、読者はその過程を「あー、やっちゃったよ」という感じで読むことができます。失敗した結末の前には失敗した選択がいくつもあるのです。
 ラスト、実はウィルバーフォースの行く末がほぼ予言されていることを読者は知ります。コンピューターの世界から華やかな貴族的な世界に飛び込んだウィルバーフォース。しかし、そこで溺れてしまうことは最初(小説の中では最後)に示唆されていたのです。
 そして、ここで読む者はなんともしれない悲しみに襲われるのです。(訳者は解説でなぜかラストを「晴れやかな希望の光に満ちて終わるのだ」と書いていますが、絶対そんなもんじゃないでしょ!)

 
 主人公がやや類型的で、伏線の回収がいまいちなところもありますが、この「語り」の技巧はなかなかのもの。トーディは現代の小説における稀代のストーリーテラーと言えるでしょう。


ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン (エクス・リブリス)
ポール トーディ 小竹 由美子
4560090114