オラフ・オラフソン『ヴァレンタインズ』

 <エクス・リブリス>シリーズの最新刊はアイスランド出身の作家・オラフ・オラフソンの短篇集。
 12篇の「一月」〜「十二月」というタイトルを付けられた短篇からなる本ですが、連作短編というわけではありません。ただ、ほぼすべての作品が熟年夫婦の危機について描いており(「十月」は夫婦じゃなくて友情の危機ですけど)、テーマ的に一貫したものがあります。
 

 文章は極めて簡潔で、いかにも短篇小説的なうまさがあります。著者はこの本に収録されている「四月」でO・ヘンリー賞を受賞していますが、そういった賞を取るのも納得です。
 夫の浮気相手について妻が執拗に問い詰める「二月」は、女性の持つ奇妙なまでのこだわりをうまく使いながら、最後に話をひっくり返して見せる技が冴えてますし、スキー場でのちょっとした怪我から夫の子どもへの思いが暴走してしまう「三月」、離婚にあたってあまりにも事務的に物事をすすめる妻へのいらだちが募る「五月」など、どれも、ふとしたことをきっかけに夫婦の危機が表面化する、あるいは決定的な破局が訪れる様子をよく描いています。


 こんなふうに洗練された小説を書くオラフソンという人物は実はソニーアメリカで活躍し、ソニーインタラクティブ・エンターテインメントの初代社長も務めたというやり手のビジネスマン。現在もタイム・ワーナーの上級副社長とのことですし、小説を書いている事自体が不思議に思えるような経歴の持ち主です。
 この短篇集を読んでいると、高学歴のアイスランド人の多くがアメリカなどにわたり、英語圏で専門職などについている様子がわかります。実際、アイスランド生まれのオラフソンもアメリカの大学にわたり、小説も英語とアイスランド語の両方で執筆しています。
 この本の中にも、アイスランドから遠く離れながらも、心のどこかにアイスランドのことを想っている登場人物たちが出てきますが、オラフソンがビジネスマンとして十分すぎるほどの成功を収めながらも小説を執筆する理由というのもそのあたりにあるのかもしれません。
 この小説の登場人物たちは裕福でありながらも、どこかしら根無し草的な部分を感じさせます。オラフソンにとって、小説を執筆するという行為は「根を張る」ようなものなのかもしれません。


ヴァレンタインズ (エクス・リブリス)
オラフ オラフソン 岩本 正恵
4560090157